2012-10-31

語りの舞台「記憶」 金池先生・山田先生、再集結!

facebook・森光さんの投稿より転載しています。

オリジナル脚本 演劇のような舞台装置はありません
役者の演技と照明・音響、そして即興演奏

過去(終戦のころ)と現代 過去の記憶を輪廻転生しても
覚えているでしょうか?

キーワードは 『白いスカーフ』

笠岡市出身の富良野グループ役者 六条 寿倖さんと
以前笠岡市飛島小学校の先生だった 金池 兼広さん
そして、岡山県内で活躍する8名による 語り芝居
脚本も今回のためにオリジナルです。

チケット 一般 1000円(当日1200円)       
     中学生以下 500円(当日700円)

2012-10-30

インヴェンツィオンとシンフォニアについて Part10

インヴェンツィオンとシンフォニアについて 
Part10
武久源造



今回は、我々チェンバリストがチェンバロを弾く時、いったい何をやっているのか、
チェンバロの表現では、いったい何ができて、何ができないのか、についてお話しし
たいと思います。

チェンバロは、弦をはじく爪の角度、および、爪と弦との接触面積を、演奏中に自由
に変えることはできません。(演奏前の準備調整の際に、それを設定しておきま
す。)
したがって、演奏中、音の強弱はほとんど変わりません。その代わり、奏者は、発音
タイミングを僅かに変化させつつ、音楽の時間感覚を伸縮させます。つまり、ド・レ・
ミ…という音が、同じ16分音符で書かれていたとしても、そのそれぞれの音譜の長さ
をいくらか変えて弾くわけです。その変え方の度合いは、ほとんど気が付かないぐら
いの微妙なものから、かなり大胆なものまで、いろいろです。強弱の変化、つまり音
の波の振幅の変化が乏しいので、その分、時間の流れを遅くしたり速くしたりして、
アクセントを付けたり、フォーカスしたり、また、影を付けてぼかしたりするわけで
す。それがこの時代の音楽の重要な表現手段でした。

また、チェンバロでは、鍵盤を押し下げる速度を大幅に変化させます。それによって、
音の立ち上がり方を僅かに変えることができます。さらに、いったん鳴らした音をい
つ、どのように消音するか、に神経を使います。チェンバロでは、いったん音が出た
後でも、基音と倍音が時間差をつけて、減衰したり膨らんだりするので、たとえば、
ド・レ・ミと弾く際、それらの音を鳴らしっぱなしにしても、旋律は濁りません。ピ
アノでこれをやれば、多くの場合、それは、濁り、となって聴こえますが、チェンバ
ロでは、いわば、影を付けて立体的に旋律線を描いたような効果になるのです。そう
いうわけで、音をいつ、どのように消すかが重要になってくるのですが、その際、鍵
盤を上げる速度が肝心です。鍵盤を上げる、というのは、実は正確な言い方ではあり
ません。我々は鍵盤を押し下げている指の力を抜き、鍵盤が自分で上がろうとするの
を許します。そして、鍵盤が上がってからも、指は鍵盤から離しません。これを専門
用語でリリースと呼びますが、その際の力の抜き方によってリリースの速度を自由に
変える。これが、チェンバロでは大きな効果の違いとなって聴こえるのです。素早く
リリースすれば、鋭く消音できるし、ゆっくりリリースすれば、いつの間にか音がな
くなっていた、という風に聴こえます。これはチェンバロの消音装置が、非常に軽く、
微妙なコントロールを許すようになっているからで、これもまたピアノと大きく異な
る点です。(これも、演奏前の準備の際に、自分好みの消音ができるように、入念に
調整しておきます。)次いで、鍵盤をリリースした後、次の音を弾く前に、僅かな間
を作ることができます。この間はほんの0.1秒未満の間ですが、チェンバロやオルガ
ンの演奏では、これが大変重要なポイントになります。この間によって、音楽の言葉
が意味を持って聞こえるように、単語と単語の区切りをはっきりさせることができる
からです。これをアーティキュレーションと言います。ピアノでは、強弱の変化を使
って、効果的にアーティキュレイトすることができますが、チェンバロでは、それ
を、リリース速度の変化と、その後の間の長さで持って行います。

ではここで、具体的な例に則して、上で述べたことを説明しましょう。
『インヴェンツィオン』第1番の主題、ドレミファレミドソという音型をチェンバロ
で弾く時、私が何をするのか、そして、楽器はどう振る舞うのか、できるだけ丁寧に
解説してみましょう。これはあくまでも、私の解釈による弾き方であって、チェンバ
リストによって、全く弾き方が違ってくる、ということは、言うまでもありません。

まず最初にドを弾きます。鍵盤はゆっくり押し下げます。押し下げる速度によって、
その後に起こる音の立ち上がり方が変わります。チェンバロの場合、ピアノと違って
音はまず倍音から立ち上がってきます。なぜなら、はじかれた場合、弦の表面で作ら
れる倍音と、弦の中心部で作られる基音では、発音に僅かな時間差が生ずるからです。
具体的には、基音がドであれば、その1オクターヴ上のド、その上のソ、2オクター
ヴ上のド、そして、その上のミ…、(これらを低次倍音と言います。)が最初に聞こ
えるのです。(チェンバロの調性の具合によっては、もっと高い高次倍音が最初に聴
こえる場合もあります。)次いでほぼ0.1秒ほど遅れて、弦の中心部で作られる基音
のドが、徐々に立ち上がります。この遅れの程度は、弦の製法とチェンバロの構造に
よって変わってきます。また、その変化の仕方は、演奏前の準備調性によっても、変
えることができます。さて、0.数秒後、、基音も倍音も1度減衰します。しかしさら
に聴いていると、1秒近く経ってから、基音と倍音が、また膨らんできます。これは、
弦で発生した音が、響体(楽器のボディ)に広がることで起こる現象で、我々はこれ
を「ブルーム」と呼んでいます。この2度目の音の膨らみも、基音と倍音で僅かに時
間差があります。我々は、これらの音の振る舞いを聴きます。音は常に変化しており
しかも、その変化は直線的なものではなく、波状的な変化です。我々はその変化の曲
線に自分の脳を同調させつつ、ここぞというところで、次の音であるレに進みます。

この時、ドの鍵盤は押し下げたままにしておきます。つまり、ドはまだ鳴り続け、変
化し続けています。ここに新たなレの音が加わるわけです。レもまた、倍音から立ち
上がってきて、それに続いて基音が鳴ります。減衰しつつあるドと膨張してくるレの
間に、新たな波状効果が生まれます。同時に、ドとレの、それぞれの倍音間に一瞬
ハーモニーが生じます。奏者は注意深くそれを聴きます。
次にミの音を弾きますが、このとき、レの音は素早くリリースします。しかし、ドの
鍵盤はまだ押し下げたままにしておきます。そうすると、この段階では、鳴りつづけて
いるドの上にミが乗ることになります。耳にはハ長調の基本和音が聴こえ、この曲が
ハ長調であることがここで初めて感得されます。例えばチェンバロが、バロッティ律で
調律されているとすると、このドとミは、かなり美しくハモります。そのハモり具合を
聴きつつ、ドの鍵盤をゆっくりリリースし始めます。

次に、ファの音を弾くわけですが、その前に、今まで鳴っているドとミの和音を、完
全に消音します。今までの響きを全部消すわけですが、次のファを弾く前に、本の僅
かな無音の間を作ります。それから、素早くファを弾くと、ファが、より印象深く聴
こえます。ファの鍵盤を直前のミよりも素早く押し下げると、基音を僅か強めに響か
せることができます。こうしてファにアクセントが付くわけです。さらにここで、ファの音は、
直前のミよりも長く響かせておきます。そのために、次の音であるレを弾く
タイミングは、予想されるポイントよりも少し遅らせます。ファのアクセント感は
さらに強まります。ここでレを弾きますが、ファは鳴らせたままにしておきます。つ
まり、ファの鍵盤はまだリリースしません。そうするとここに、ファとレが和音を作
ることになります。耳はファとレの基音と倍音の振る舞いに注目しています。これを
良く味わった後、再び、ファとレの和音を消音します。つまり、速度を加減しつつリ
リースします。次に、先ほどと同じように、無音の間を作ります。つまり、アーティ
キュレイトします。

次にミ・ドと弾きます。ここまでお読みくださった方にはもうお分かりのことと思い
ますが、やはり、ミとドで、綺麗な和音を作るようにします。ここでいよいよ最後の
音であるソに到るわけですが、その前にミ・ドの和音をどうするかが問題です。これ
を消音し、やや長めの無音の間を作ってからソを弾けば、ドからソまでの距離を印象
付けることができて、かつ、ソに大きなアクセントが付きます。しかし、もしもここ
で、ソにアクセントを付けたくなければ、逆に、ミ・ドの和音はそのまま鳴らしてお
いて、そこへソの音を乗せるように静かに弾きます。そうすると、ここにド・ミ・ソ
の和音が完成するわけです。大雑把にいえば、この二つのやり方のどちらかを選ぶわ
けですけれども、実際には、ミ・ドのリリースの速度、ソの鍵盤を押し下げる速度、
また、それらの発音タイミングを調整しますので、音型のデザインは、この主題を弾
く度に毎回変わることになります。

こうして、ド・レ・ミ・ファ・レ・ミ・ド・ソという旋律を弾いたわけですが、その
際、ドミ、レファ、ドミ・ソ、という和音を響かせ、いわばその影によって、旋律の
背景を立体的に描くことができたわけです。そして、今の場合で言えば、ファの音に
アクセントを付けました。これも、毎回同じようにアクセントを付けるわけではな
く、そのつど、何の音に、どの程度のアクセントを付け、また、どの音にフォーカスし、
どの音に影を付けるか、は、自由に変化させます。

いかがでしょう。こうして言葉で表すと、実に、複雑で面倒なことをしているように
聞こえますね。でも、実際には、長年の訓練によって、これらのことは、我々の脳が
ほぼ自動的にやってくれます。我々の意識としては、いわばただ、ハンドルを握って
いるだけです。周りの様子を見ながら、方向を選び、また、微調整をするのです。後
は自動車に任せている、という感じです。

最近の脳科学の研究データによると、我々が何かの行動を起こす際、脳内では既にそ
の直前に、その行動はシミュレイトされている、とのことです。つまり、我々が行動
しようという意識を持つかなり前、場合によっては、2・30秒も前に、脳内では既に
その準備が始まっているそうです。実に驚くべきことですが、しかし、私は音楽をや
っているとき、そのことを、よく実感します。特にチェンバロの演奏の際、時間の流
れ方を伸縮させるのですが、そのとき、脳は体の動きとは別に、未来を先取りしたり、
過去へ戻ったりしながら、現実の時間とは少しずれた時間感覚を創出しているようで
す。チェンバロという楽器は、そのことを実に生き生きと体験させてくれます。チェ
ンバロはまさに、時間のキャンバスである、と言えるかも知れません。

(全文・武久源造 写真,一部校正/改行・optsuzaki)
2012/11/12 revisited 

2012-10-29

インヴェンツィオンとシンフォニアについて Part9

インヴェンツィオンとシンフォニアについて 
Part9
武久源造



前回は、音組織について、バッハ時代の枠組みを超えて、少し大きな観点から議論を
展開しました。バッハを論ずるのに、インド音楽にまで言及するのは、少し行き過ぎ
のように感じられるかも知れません。しかしながら、例えば、ベートーヴェンが残し
た日記を読むと、彼がインドの音楽理論を研究していたことが分かります。たしか、
あの『荘厳ミサ曲』を書く前後のことだったと記憶します。音楽における国際性、世
界性を追求したベートーヴェンであれば、これは当然、と首肯できる話ではあります。

一方、バッハは研究者、開拓者、あるいは冒険者であるよりは、むしろ、職人的音楽
家でした。無駄な思弁に時間を費やすことを嫌う、という風な性格であったろうと思
います。しかし、彼が、自分の音楽的宇宙観を可能な限り広げ、それを完全なものに
しようという、不屈の情熱を持っていたことは確かです。幸運なことに、彼が生まれ
たのは、古代以来のヨーロッパの伝統が煮詰められて、いちばん美味しくなったころ
であり、同時に、近代ヨーロッパの合理主義が力強く生まれようとしていたころでし
た。実にタイミングが良かった。そういう同じ時に生まれてきたヘンデル、スカルラッ
ティ、あるいは、テレマンやマッテゾン…。その中で、ヘンデルやスカルラッティは、
ある意味、近代性の方向に大きく一歩を踏み出した。バッハは、その一歩を踏み出す
べく、体を傾けてはいるけれども、かろうじて踏み止まっている、という姿に見えま
す。その微妙な均衡が、彼の音楽に独特のダイナミズムを与えているのです。いわば、
彼の体は大地をしっかりと踏まえつつ、彼の頭は天へと引っ張られている。反対方向
に引き合う力によって、危うく引き裂かれてしまいかねない。彼は、自らの心身を鍛
えて、柔軟で力強い思考の筋肉を育てた。そして彼は、相反する二つの力の、ちょう
ど釣合うポイントに、自分の体を乗せ、美しく揺らいでみせる。そのようなアクロバ
ットを可能にしたのです。彼の音楽を弾いていると、筋肉の実感として、それが伝わ
ってくるのです。


このことは、チェンバロという楽器を考えるとき、さらに大きな意味を持ってきます。
私がいつも言うことですが、チェンバロは、木製の響体に、金属製の弦を張り、それ
を、鳥の羽軸ではじいて発音します。したがって、その音は、木(スプルース、樅な
ど松科針葉樹系の木材が多い)の音であり、金属(軟鉄、真鍮、青銅など)の音でも
あり、そして、鳥(鷲、鷹、鵞鳥など)の羽軸、つまり、動物性蛋白質(硬質ケラチン)
の音でもあるのです。植物、鉱物、動物、この世界の3要素が一瞬に出会って発
音するのです。多かれ少なかれ、全ての楽器はこれらの要素を持っています。しか
し、チェンバロでは、それらのバランスが特にすばらしいのです。巧く調整してやること
によって、そのバランスを微妙に変えながら、いちばんいいポイントに持ってくるこ
とができます。そのとき、チェンバロは、西洋と東洋の境をも超えて、古代以来の音
楽宇宙を体現する器となる。これは毎日、私がわくわくする実感として、味わってい
ることです。

一方、チェンバロの発音においては、エネルギー効率が大変良い。本の5~10kgの
張力で張られた直径0.2~0.8mmの柔らかな金属弦を、長さ5ミリ、幅0.5ミリ程度の
爪ではじく。しかも、実際に爪が弦に触れている部分は、0.1~0.2ミリほどに過ぎま
せん。我々がチェンバロを弾く際、仮にどんなに力を入れたとしても、この0.1~0.2
ミリの接点が受け止められる圧力(ほぼ70~80グラム)以上の物は伝わらないように
できているわけです。これだけの僅かなエネルギーが音の振動エネルギーに変えら
れ、それが、響体によって増幅される。その結果、500人程度のホールなら、十分に響き
を満たすだけの豊かなパワーを生み出すことができるのです。これが例えば、今日の
ピアノであれば、弦はチェンバロの5・6倍の太さの硬質スチール、それを、一本当た
りチェンバロの10倍ほどの張力で張り、大きなハンマーを、指の速さの8倍の速さで
弦にぶっつけて発音しています。響体の重さもチェンバロの5~10倍。そして、弾き
手の力がそのまま伝わる構造になっているので、かなりの大音量が得られる(はずで
す)。ところが実際には、その音量は、チェンバロの何倍も大きいわけではありませ
ん。むしろピアノの魅力は、その大音量にあるのではなく、ピアノ、即ち弱奏の美し
さにあると言えるでしょう。エネルギー効率から言えば、ロスが大きいように見えま
す。しかし、ピアノの場合、演奏者が送り込んだエネルギーの多くは、いわばピアノ
の音のにじみの中に吸収されるのであって、それによって、音の表情の深みを生み出
す構造になっているのです。(フェルトのハンマーによって、倍音がカットされ、その代わりに、
基音がにじむ形で、音色を変えていく。)

では、チェンバロの場合はどうか、というと、その音は、基音と倍音の様々な配合に
よって、美しい結晶を作り出す。あくまでも無駄がなく、清潔である。しかし、そこ
には、ピアノが持っているような、にじんだ表情感はありません。それは、人間の心
理を揺蕩わせられる器ではなく、ちょうど、自然と人間の間にある、ある意味客観的
な音なのです。ピアノはオートメーションの機械工業によって製造され、そして、専
らロマンティックな音楽の器、人間の心理のひだを表現する楽器として用いられた。
大衆と個人の相剋、…、あるときはオートメーションの歯車となり、それがゆえに、
またあるときは、孤独に苦悩する。これが、現代社会を生きる人間の姿を現す一つの
言い方であるとすれば、ピアノは現実的にも、また象徴的な意味でも、極めて「モダ
ン」な楽器であると言えます。しかし今や、我々の文化はモダニズムを後にして、更
なる地平に向かって彷徨い出つつあります。ここにおいて、自然と人間の中間にあ
る、美しい結晶体であるチェンバロの音は、いろいろな意味で、ウルトラ・モダン、ある
いは、ポスト・モダンな表現メディアとなりうる、と、私などには思えてならないの
です。というわけで、古代と超現代、その両方に開いた音。私は、チェンバロの音を
そのように感じているのです。

では、そのチェンバロで、バッハを演奏する際、我々はどのような表現ができるのか。
 これについては、また、次回に。

(全文・武久源造 写真,一部校正/改行・optsuzaki)

2012-10-28

J.S.バッハ:私を憐れんでください(マタイ受難曲より)

動画の公開は終了しています

波多野睦美(声)・栃尾克樹(バリトン・サックス)・高橋悠治(ピアノ・作曲)による『風ぐるま 時代を越えて音楽の輪を回す』公演のリハーサル模様。公演終了までの限定公開です。

【公演情報】
●10/31(水)19:00開演 ザ・フェニックスホール(大阪)
 問:エスパスムジーク TEL080-4233-1649
●11/1(木)19:00開演 リーデンローズ小ホール(広島・福山市)
 問:リーデンローズチケットセンター TEL084-928-1810

●11/9(金)19:00開演 トッパンホール(東京)
 問:コンサートイマジン TEL03-3235-3777

予定曲目
Sweeter than roses, Dido's lament (Purcell)
「葬列」「白いシャツ」(Couperin)
辻征夫による「鳥籠」「突然の別れ」「六番の御掟について」(高橋悠治)【初演】
Fantasias(Telemann)
Erbarme dich (Bach)
Sonata in a (Galuppi)
膀胱結石手術図(Marais)
眠れない夜(高橋悠治)
別れのブルース(服部良一)ほか

Mutsumi Hatano(mezzo soprano), Katsuki Tochio (bariton sax) and Yuji Takahashi (Piano&Compose) play " Erbarme dich" (J.S.Bach : Matthäus - Passion) .

(おまけ)2012/11/11 revisited 動画の統計情報

主な発見イベント
A YouTube 検索クエリからの参照: 高橋悠治 2012/10/23 - 再生回数 14 回
B 埋め込み先のサイト: twitter.com 2012/10/23 - 再生回数 16 回
C 埋め込み先のサイト: mixi.jp 2012/10/23 - 再生回数 22 回
D 最初の参照元: facebook.com 2012/10/23 - 再生回数 33 回
E 最初の参照元: twitter.com 2012/10/23 - 再生回数 55 回
F 埋め込み先のサイト: facebook.com 2012/10/23 - 再生回数 79 回
G 携帯端末での最初の再生 2012/10/23 - 再生回数 188 回
H YouTube 検索クエリからの参照: 波多野睦美 2012/10/24 - 再生回数 26 回
I 最初の参照元: exblog.jp 2012/10/25 - 再生回数 162 回
J 埋め込み先のサイト: blogspot.jp(ウチです:) 2012/10/28 - 再生回数 15 回

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2012-10-27

インヴェンツィオンとシンフォニアについて Part8

インヴェンツィオンとシンフォニアについて
Part8
武久源造 
 
 
前回まで、主にマッテゾンの調性格論に照らしつつ、バッハのインヴェンツィオンと
シンフォニアの各曲の性格の素描を試みました。マッテゾンの言うところは、確かに
面白い。参考になるところは多いのですが、しかし、彼自身、後の著作では、前作と
矛盾するような性格描写を行ったり、訂正を加えたりしていて、結局、実はよく分か
らなくなっているような部分もあるのです。もともと、各調の性格を言葉によって明
確に定義する、というようなことには、かなり無理があると言わざるを得ず、その点
では、マッテゾンに同情しつつも、彼の意見を全面的に信用するわけにもいかない、
というような、やや複雑なものを、私などは感じています。

というわけで、一部保留つきではあるのですが、ともかくも、調性格というものが、
バッハ時代の作曲家の頭に、かなり引っかかっていたことは、間違いのないこととし
て、おさえておきましょう。それによって、我々が失うものより、得るものの方が、
遥かに多いからです。たとえば、ハ長調について、マッテゾンは「おごり高ぶった」
という性格を挙げていましたね。これはつまり、作曲家が、おごり高ぶった何かを表
現したいときは、ハ長調を選ぶといいよ、と言っているわけです。我々が思い出すの
は、例えば、ヨハン・クーナウの『聖書ソナタ』第1番の「ダビデとゴリアテの戦
い」。あそこで、ゴリアテの傲慢さを表すのに、このハ長調の性格がフルに発揮され
ています。あるいは、ヘンデルの『メサイア』におけるハ長調といえば、有名なバス
のアリア「なぜ国々はいきり立ち」が思い浮かびます。実は、『メサイア』には、
『インヴェンツィオン』でバッハが使った15の調が、ことごとく出てきます。そこで
ヘンデルは、やはり、かなりマッテゾンに一致した考えで各調を扱っていることは明
らかです。バッハの他の例を挙げるならば、やはり何と言っても彼の教会カンタータ
の処女作の一つである71番でしょう。「神は我が君主なり」という歌詞を表現するの
に、ここではハ長調の威圧的性格が、ポジティヴな意味で、効果的に用いられていま
す。

既に述べたように、このような調性格は、バロック時代の「按配調律」によって生み
出されたものと考えていいでしょう。しかし、調性格を生み出す要素は他にもあるで
しょう。たとえば、楽器の特性です。フルートという楽器は、バロック時代にはいわ
ゆるD管でした。したがって、フルートにとっては、長調が最も吹きやすい調、と
いうことになります。同じようにオーボエにとってはハ長調、リコーダーにとっては
ヘ長調、という風に、それぞれの楽器が得意とする調があった。また逆に、それぞれ
の楽器が苦手とする調もあったわけで、それらの総合的結果として、調性格が醸し出
されてくる、という部分は無視できません。弦楽器の場合は、やはり、解放弦を多く
含む調は、よく鳴る。したがって、まずはニ長調、ト長調、イ長調などは、大変いい
音で弾くことができる、というわけです。

鍵盤楽器には、物理的な意味では、このような問題はありません。しかし、鍵盤音楽
では、ヴァイオリンやフルートのイディオムを盛んに借用します。そのときには、や
はり、それぞれの楽器の性格が、いわば乗り移ってきます。また、バッハ時代に使わ
れていた指使いでは、どうしても弾きにくい調があります。このことが、バッハ以後
の鍵盤テクニック上の大きな課題となっていくのは、周知の通りです。

最後に、調性格を論ずる上で、どうしても触れておきたいことが、もう一つありま
す。
それは、古い伝統における教会旋法の性格のことです。旋法というのは、音階組織を
意味するだけでなく、旋律の動かし方の特徴をも指示する概念でした。ここでは、ド
リア旋法では倫理的内容を表す、とか、フリギア旋法は悔悛の情を表す、リディア旋
法では戦いを表現することが多い、といったような、用途別の性格もあったのです。
旋法というのは、音組織論的な意味で、調性と完全にイコールではありません。しか
し、ドリア旋法の性格はニ短調、フリギア旋法の性格はホ短調へ、リディア旋法はヘ
長調へ、…と引き継がれたことは確かです。例えば、カトリックの礼拝音楽のクライ
マックスを作る「聖体奉擧」のトッカータは、決まってホ音を中心とするフリギア旋
法、または、ホ短調の調性で弾かれました。したがって、バッハが『マタイ受難曲』
の冒頭合唱を、ホ短調で歌わせるとき、我々はキリストの犠牲を表現するこの古い伝
統を思い起こすことを期待されている、といっていいでしょう。

この古い伝統は、その出発点では、インドのラーガなどと結びついていたかも知れ
ません。インド音楽の旋法であるラーガは、今日でも、それぞれ、それが演奏される
べき内容や時間帯まで厳密に決まっています。それに似たことは、日本の雅楽の調に
おいても見られます。やはり、葬式用の調、祝賀用の調、というような概念があるよ
うです。これを考えるとき、中国の陰陽論などが強く影響したのだろう、ということ
は容易に想像できますが、面白いのは、このような東洋的な思考法がヨーロッパの古
い伝統にも流れていて、それが、バロック時代にもまだ死んではいなかった、という
事実です。バッハが『インヴェンツィオン』という名前をこの曲集に与えた時、この
ような伝統的思考法をも、その視野に収めていたことを、私などはかなりリアルに感
じるのです。
 
(全文・武久源造 写真,改行・optsuzaki) 

2012/10/27 早朝 高知の地震

 
時刻 2012-10-27 04:44:40 緯度33.6N 経度133.5E 深さ33.0km Mw4.3


当地での震度2。音で目が覚めました。

2012-10-26

そして誰もいなくなった



日差しの強い日も 強い雨のうすら寒い日も
じっと番兵が守っていましたが

2012-10-25

そろそろ編集を

文化広報部会、後期の編集が始まりました。

先週の広報紙づくり研修会を受けて初めての部会ですが、
まあ、そんなに急に取り掛かりがスマートになるものでは
ないですよ。それで、宿題を出してみました。

ひとつひとつ根気強く形にしていく努力は、もとより
部員の皆さんの仕事です。

特に後期は、大事に使えば時間の余裕はありますから
試行錯誤ができるだけの自由があります。

僕も前期でできなかったテクニックを試せる時間が
ある間に、ドローソフトの練習を続けたいと思っています。

久々にMac持込み。モバイルルータは実に快適だった。

2012-10-24

インヴェンツィオンとシンフォニアについて Part7

インヴェンツィオンとシンフォニアについて
Part7
武久源造 
 

今回も、前回に引き続き、バッハが『インヴェンツィオン&シンフォニア』に選んだ 各調の性格を、マッテゾンの描写によって捉えつつ、それに該当する各々の曲について、コメントを加えていきましょう。 

第6番はホ長調です。これまでのところ、マッテゾンの調性格論と、バッハの音楽 は、 まずまずの一致を見てきました。しかしながら、このホ長調に関しては、両者間にかなりの相違があると言わざるを得ません。マッテゾンの言うには、「寄る辺のない悲しみ、死にそうなほどの悲哀を表すことにおいて、ホ長調は抜群である。生木を裂くような苦悩、肉体と魂との不条理にのみ例えられるような、その種の情緒を表現する のに、この調は向いている…」これを読むとき、我々は直ちに、例えばヘンデルの 『メサイア』冒頭のアリア「慰めよ」、あるいは、同じく『メサイア』第3部冒頭の アリア「私は知る、和が救い主は行き給うことを」などの、ホ長調の名曲を思い出す ことができます。それらの曲では、まさに、肉体と魂、あるいは、人間と神との間の 不条理が歌われていました。これと相通ずるバッハの曲としては、『マタイ受難曲』 第1部の終曲、やはりホ長調の「おお人よ、お前の大いなる罪に泣け」を挙げることができるかも知れません。しかし、他の大半のホ長調作品の場合、バッハの考えは、 どうもこれとは正反対のように見えます。すぐに思い当たる例だけでも、カンタータ 第45番「人よ、汝に良きこと告げられたり」、『平均』に収められたホ長調による 二つの前奏曲とフーガ、フランス組曲第6番、チェンバロ協奏曲第2番、ヴァイオリン協奏曲第2番…、いずれも、悦びに満ちた朗らかな曲想です。そして、『インヴェンツィオン&シンフォニア』の第6番もこの類に属するものです。 『インヴェンツィオン』第6番では、右手と左手が、1音ずつずれながら、反対方向に 動くことによって、最初は互いに近づき、今度は遠ざかる。そして、その間に挟まれる、いわゆる短短長角(バダバン、バダバンのリズム、スキャットで言ってみてください!)は、伝統的に喜びを表すリズムとされています。まるで、巧みな二人のダンサーによるコントルダンスを見ているようで、どこまでも気の置けないユーモラスな曲です。 『シンフォニア』の第6番がまたすばらしい。これは、有名な「主よ、人の望みの喜びよ」を想起させるような8分の9拍子の流麗な旋律を主題としています。この主題を使ってバッハは、実に大らかな絵を描いています。弾いていて、また、聴いていて、 ふと、笑顔のこぼれるような作品です。

第7番、ホ短調。「この調で、楽しげなものを表現するのは難しい。(やろうとすれば、できないわけではないが)通例この調は、感慨深く、気のめいるような雰囲気を もたらす。とはいっても、この調で慰められることも期待できるし、楽しくはないにせよ、幾分、急速な曲もあり得る。…」ここにおいては、このマッテゾンの性格描写 は、バッハの考えと完全に一致しているようです。『インヴェンツィオン』第7番の方は、幾分朗らかな曲想ではあるけれども、やはり、お天気は雨模様。 そして、『シンフォニア』の第7番となると、それはもうどっぷりと涙に暮れた音楽と言わざるを得ません。前述したように、この主題はバッハが好んで用いた嘆きの音型。曲の後半からは、それに呼応して、悲しげにかき口説くような音型が対位主題として現れます。最後にいよいよ感極まって慨嘆するような部分で曲が閉じられます。 

第8番、ヘ長調。マッテゾン曰く「この世で最も素敵な気分を表現できる調である。 即ち、気前の良さ、大船に乗った感じ、…、そういった気分が、さりげなく、しかも、 どこまでも気楽に表せるのである…」この描写も、バッハのヘ長調の音楽にぴったり です。直ちに思い出される実例は、『ブランデンブルク協奏曲』第1、および、第2番 でしょう。 『インヴェンツィオン』第8番の主題は、『ブランデンブルク』第1番第1楽章のそれとよく似ています。これは分散和音で上行し、音階で下降する、典型的トランペット 音型とも言えます。そして、全曲を通じて不協和音がほとんど出てこない。全曲、日本晴れという感じです。 『シンフォニア』第8番も、これまた、口ずさみたくなるような魅力的な旋律を主題 としています。ここにも短短調角の悦びのリズムがきかれ、そして、不協和音がない。 今回私が使う調律法もそうなのですが、この時代の調律法では、だいたいにおいて、 このヘ長調が最も美しく響きます。この傾向は、ベートーヴェンにまで続いており、 例えば、ヘ長調の古今の名曲の一つ『田園交響曲』のような曲を生み出す遠因になっています。 

第9番、ヘ短調。「この調は、穏やかで、落ち着いた性格だが、重く深い絶望、死に 臨んだ心の苦しみを表すことができる。…」 これがまた、なんと巧くバッハのヘ短調音楽の真髄を言い当てていることでしょう。 ここまで読んできた方にはすぐお分かりのことと思いますが、ヘ短調の調性格につい て、マッテゾンが言うところは、ホ短調のそれに酷似しています。それに賛同するかのように、バッハのヘ短調インヴェンツィオンの主題は、ホ短調インヴェンツィオン のそれを本の僅かに変形したものです。全体的な曲想も似ています。 そして、『シンフォニア』第9番が、バッハの生み出した鍵盤独奏曲の中でも、稀にみるほど、宗教的な悲しみに満ちていることについては、既に詳述しました。 

第10番、ト長調。「この調は、人を引き付ける雄弁な性格を強く持ち、輝かしさも少なからずあり、真面目な表現にも、活気のある表現にも適している。…」ここでも、 マッテゾンとバッハの意見は一致しています。そして、この性格描写は、そのまま、 同じ調で書かれた『ブランデンブルク』第3番、そして特に『ゴールトベルク』に も、 良く当てはまっています。 『インヴェンツィオン』の第10番は、ここでも分散和音のトランペット音型の主題、 8分の9拍子のジーグで、活気と華やかさに溢れています。 『シンフォニア』の方は、落ち着いた4分の3拍子。9度の広い音域に渡る唐草模様風 の主題。このような主題を、二つの手だけを使って、3声部で転回するのは、なかなか困難な演奏技術を必要とします。この点でも、この曲は『ゴールトベルク』を予見しています。 

第11番、ト短調。この調について、マッテゾンは、「真面目さと愛 らしさとを兼ね備えた、この世で最も美しい調」という意味のことを述べています。 これを読むとき、私が直ちに思い出すのは、なんといっても、モーツァルトのあのト短調の名曲、『交響曲第40番』です。あれこそは、「この世で最も美しい音楽」の一つでしょう。しかし、バッハもけっして、負けてはいません。特に、「シンフォニア 第11番を聴いてください。全体は落ち着いたメヌエット。下降分散和音の主題は、まるで、天から落ちる雪のように、はらはらと舞い散る。これこそ、私の最もお気に入りのバッハ作品の一つです。 『インヴェンツィオン』第11番も、その魅力は、大変なものです。ここでの主題は、 『シンフォニア』第10番のそれに似た、唐草模様。それに対する対位主題は、ジグザグの半音下降。実に心憎い洒脱さです。 

第12番、イ長調。「輝かしくはあるが、非常に好戦的な調であって、気晴らしよりは むしろ、嘆き悲しむような表現に向いている。…」とマッテゾンは言います。確か に、 『インヴェンツィオン』の第12番には、ある種の攻撃性を感じます。主題は、ひっかくようなモルデントの繰り返しと長いトリル。対位主題は、まるで、勢いをつけて自転車を漕いでいるかのような旋回音型。これが全曲を力強く駆動します。 『シンフォニア』の方は、より落ち着いた動きではありますが、主題は旋回音型+小 刻みな跳躍音型、この二つの要素が組み合わさって全体を構成しています。やはり、 大変アクティヴな音楽です。 

第13番、イ短調。「嘆くような、品位のある落ち着いた性格」がイ短調の特徴だとマッテゾンは言っています。確かに、『シンフォニア』の第13番は、この言葉にぴった りです。ことに、「品位」という言葉がここにはもっとも相応しい。そして、この曲の後半に突然現れ、何度も繰り返されるポロネーズのリズムは、これはまた、いった いどうしたことでしょう。バッハのポロネーズへの偏愛は、良く知られているところ です。そういえば、『ゴールトベルク』の第1変奏も、いきなりこれで始まるのでし たね。 『インヴェンツィオン』の第13番の方は、マッテゾンの言うところとは少し離れるよ うですが、流麗な分散和音のヴァイオリン的音型を主題とし、今回演奏する曲の中で、 最も器楽的な性格だと言えるでしょう。

第14番、変ロ長調。マッテゾンによると、この調は、「非常に気晴らしに富んだ、壮麗な調」であるとのこと。『インヴェンツィオン』も『シンフォニア』も第14番は、 大変快い、平和に満ちた音楽です。『インヴェンツィオン』第14番の主題は、第8番 の主題とほぼ同じ分散和音のトランペット音型ですが、14番のほうには、宝石の付いた小さな鎖の耳飾りのような旋回音型がアクセントを添えています。この装飾によって、この曲がいかに気晴らしに富んだものになっていることか。 『シンフォニア』第14番は、4度下降の音階を軸とするなだらかな主題。おそらく、 今回の演奏曲目中、この曲は最も、いわゆる「癒しの力」に富んだ音楽だろうと思われます。恐れや不安といった感情からこれほど隔絶した音楽が他にあるでしょうか。 

第15番、ロ短調。マッテゾンがこの調について述べるところを読むと、「奇異(グロ テスク)」「メランコリック」という二つの言葉が目立ちます。バッハの作品で、まず、我々が思い出すロ短調の大曲といえば、なんといっても『ロ短調ミサ曲』。しか しあの場合、全曲の大半はロ短調以外の調で書かれています。あそこで、ロ短調の印象的な曲はといえば、二つの「キリエ」、「聖霊によって、処女マリアより生まれ」、 そして、「主のみ名によって来るものは幸いなり」の部分でしょう。そこでは、やはり、メランコリックで、多少ともグロテスクな表現が、我々を神秘の世界に誘っています。 『インヴェンツィオン』第15番が、イタリア風の、かなり長い旋律を主題としていることについては、既に述べました。加えてこの曲は、、溜息の音型の反復を含んでおり、それらの組み合わせが、ある有名な曲にそっくりです。それは『マタイ受難曲』 の中で、ユダが裏切りの密謀を企てるところで歌われる、ソプラノのアリア「何と血だらけなこと!」です。内容、表現ともに、これほどグロテスクで、なおかつメランコリックなものを、私は他に知りません。 
そして、『シンフォニア』第15番、今回最後の曲は、16分の9拍子。この拍子を選んだことだけでも、バッハとしてはかなり奇異です。この主題は、『インヴェンツィオン』の第15番の主題を変形した物。そして、これに絡み合う対位主題が、ごく急速な アルペッジオ。これによって、今回の演奏曲中唯一のトッカータ的な曲想を示してい ます。演奏会の最後を飾る曲としても、実に適しています。 


さて皆さん!、後半の方は、かなり駆け足でしたが、一応、今回演奏する全ての曲 を、 調性の立場から概観したわけですが、ここまで、私に付き合ってくださった方たち、 まことにお疲れ様でした。私の拙い文章力のせいで、皆さんの曲に対するイメージが損なわれていないことを、ひたすら祈ります。 元来私は、プログラムやCD解説などに、楽曲の分析や解題などについて書くことを好みません。なぜならそれは、これらの曲が現に生きている生ものだと、私には強く感じられてならないからです。例えば、自分の恋人を第3者に紹介する際、彼女のレントゲン写真を見せる人がいるでしょうか。仮に私が彼女の解剖学的データを知ってい たとしても、それを人前に晒すのは野暮というものだし、ある種の冒涜でさえあるでしょう。 しかし今回は、あえて、楽曲の真髄に触れる内容を、演奏前に公開してみようと思いました。それは、それだけすばらしい内容をこれらの曲が持っているからであり、こ れほどの宝物を私蔵することに、罪の意識に似たものを感じたからです。とはいって も、私が少しばかりのことを知っているからといって、いったい私に何が分かるとい うのでしょう。知れば知るほど、これらの曲は、さらに大きななぞとなって、我々の前に立ちはだかる。それは、大きな謎であるとともに、この上なく美しい宝石であり、 生きた恋人であります。私はこれまで、彼女についていくらか述べましたが、私の描写は、上の例えでいえば、彼女のスリー・サイズに触れる程度に止めたつもりです。 (笑) 

音楽は生きたものであり、生きたものとして提供されねばなりません。生きているものは、機械ではない。 それぞれのパーツの意味が分かっても、全体の意味は分からない。生命においては、 全体は常に、部分の総和を超えているからです。生命は、常に、それを包む環境と共に、「一なる者」として味わわれなければなりません。その意味で、今回の私の演奏 が、命に満ちたものとなることを願っています。この命は、演奏家と聴衆が協力して、 産み育てるものです。どうか、コンサートに足を運んでくださり、『インヴェンツィ オン』と『シンフォニア』に、また一つの新たな命の灯を灯そうではありませんか。


(全文・武久源造 写真,一部校正/改行・optsuzaki)
2012/11/12 revisited  

2012-10-23

インヴェンツィオンとシンフォニアについて Part6

インヴェンツィオンとシンフォニアについて   
Part6
武久源造 



前回は、バッハが用いていた、いわゆるバロック調律は、現代の平均律とは根本的に異なっている、というお話をしました。それは、「按配律」であって、機械的に均等な「平均律」ではありませんでした。この違いは、実は今日のピアノでは、あまりはっきり聴こえません。なぜなら、今日のピアノの音は基音重視で、そこには倍音があまり含まれていないからです。ところが、チェンバロの音は倍音が豊かです。倍音がたくさんあると、僅かな調律の差であっても、かなり明瞭に聴こえてきます。ということは、前回お話しした按配律における各調の響きの差も、チェンバロであれば容易に耳で確かめることができる、ということです。この種のバロック調律には、実に無数の種類があったのですが、調号の少ないハ長調やト長調、ヘ長調およびその並行短調は美しく響き、調号の多い変ニ長調やロ長調などは耳障りに響く、という点ではほぼ共通していました。 

さて、バッハ当時の人たちが、各調の性格を具体的にどのように捉えていたか、ということですが・これについては、バッハの弟子であったシューバルト(シューベルト ではありません)などが、いくらか文章を残していて大いに参考になります。しか し、 なんといってもヨハン・マッテゾンがその著『新設されたオーケストラ』(1713年) において、調性格を詳しく論じており、それを読むと実に面白い。彼は、バロック時代の著述家に相応しく、実に生々しい、時にどぎつい表現をも大胆に駆使しています。 マッテゾンという人は、主にハンブルクで活動した作曲家(本業は外交官)。バッハよりも4歳年長で、ハンブルクに出てきたばかりのヘンデルとも付き合いがあり(時 にはヘンデルと決闘もしたりしながら)、後に耳が聞こえなくなっても音楽活動を続 けた点ではベートーヴェンに似ており、また、著述活動、特に音楽雑誌の発刊に力を 入れた点ではシューマンに似ている、という人物です。彼は、バッハとは個人的な付 き合いはなかったのですが、その作品は知っていて、その著書にバッハの曲を引用したりもしています。 

というわけで、早速ここで、マッテゾンやシューバルトの言うことを参照しつつ、 『インヴェンツィオン&シンフォニア』の各々の曲について、調ごとにまとめて、簡単に触れておきましょう。 

第1番はハ長調です。マッテゾンの言うところによると「ハ長調は、おごり高ぶった 性格が特徴ではあるが、無愛想というわけではなく、悦びを表現することもできる 云々」。バッハの作品では『平均率』第2巻の第1番などは、このマッテゾンの意見にぴったり合いますが、『インヴェンツィオン&シンフォニア』の第1番はどうでしょう。確かに、ここには悦びがある。そして、少し偉ぶった感じもする、と言えなくもない、といったところでしょうか。『インヴェンツィオン』の第1番は、有名なドレミファレミドソという主題に基づいています。バッハはこの主題を二つの要素に分解して、それを縦横に組み合わせています。つまり、この旋律は、ドレミファとまっす ぐ4度上がった後、そのままソへ行かないで、いったんドへ戻る。その際、ファミレドとまっすぐ降りるのではなく、ファレミドとジグザグに降りる。まっすぐ動くこと、 と、ジグザグに動くこと、この2種類の動き方を、バッハは全曲の構成原理として用いているのです。これは、実に伝統的なフーガ手法です。また、第15小節から始まる 反行フーガ(主題を鏡に映したように反対向きに動かすフーガ)も、この曲の特徴 で、これまた実に古風、な伝統です。ところで、この主題は、例えばKyrie Eleisonとい う歌詞をつけても、実に歌いやすい。グレゴリウス聖歌にも通ずる素朴な旋律です。 これに対して、『シンフォニア』の第1番は、オクターヴ上行に始まる広やかな旋律を主題としていて、より器楽的な性格です。ここでバッハは、この美しい主題を、細かい要素に分解することなく、丸ごとそのまま繰り返す、当時としては新しい手法の フーガを展開しております。

第2番、ハ短調。マッテゾン曰く、「ハ短調は、どこまでも愛らしく、悲しみをも伴う調であるが、実に和やかでもある。その和やかさは眠気をもよおさせるほどである 云々」この性格描写は、『インヴェンツィオン&シンフォニア』に、実に良く当てはまりますね。「眠気をもよおさせる」というのは、ちょっと言い過ぎのようにも思われますが、『インヴェンツィオン』の第2番も『シンフォニア』の第2番も、実に愛らしく和やか、そして、幾分悲しい。両者とも、かなり長い旋律を主題としていて、そこに、それとは対照的な音型が対位主題として絡んでくる、という構成になっています。『インヴェンツィオン』の第2番が美しいカノンであることは前述しましたが、 『シンフォニア』の第2番は、8分の12拍子のジーグ。跳ねるような主題に対して、素早く流れるような対位主題のコントラストの妙がすばらしい。

第3番、二長調。「この調は幾分くっきりとした頑固な性格で、にぎやかな曲想では、 愉快な、あるいは、好戦的な、人を鼓舞するような音楽に向く一方、精妙な音楽に使うこともできる。…」とマッテゾンは言っています。この性格描写の前半、「人を鼓 舞するような」というところは、特に『シンフォニア』の第3番に良く当てはまって います。この主題は非常に印象的なはじけるようなリズムを特徴としています。『インヴェンツィオン』の第3番は、まさに「愉快な」音楽。その主題は第1番の主題を拡張した形になっています。ところが、第1番では37回も主題が繰り返されたのに対して、この第3番では、主題そのものはたったの3回しか出てきません。その代わり、主題がどんどん変形されて現れる。こういうのを、音楽修辞学では、アポコーペ(変形 模倣フーガ)と呼びます。 

第4番、ニ短調。「一心に打ち込んだような静けさを湛え、心の平安に向かう崇高さ、 心地よさ、満ち足りた雰囲気を表す。しかし、享楽的な曲もありうる。その場合は、 跳ねるような性格ではなく、流れるようなものになるだろう。…」このマッテゾンの 指摘は、まさにこの場にどんぴしゃりです。『インヴェンツィオン』の第4番は、流麗で享楽的、『シンフォニア』の方は、実に心地よい、平安に満ちた雰囲気、時に半音階が現れ、宗教的な崇高さをも感じさせます。 

第5番、変ホ長調。この調に関するマッテゾンの指摘が面白い。「情熱に満ち、専ら 真面目な曲か、嘆きの曲化のいずれかである。この調は極めて豊穣であり、いわば太り過ぎて嫌悪感をもよおさせるほどである。」この意見に照らしてみるならば、『インヴェンツィオン』の第5番は、専ら真面目な曲、『シンフォニア』の方は、嘆きの曲、という風に言えるかも知れません。「嫌悪感をもよおさせる」ほどではないにせよ、『シンフォニア』の第5番は、確かに、異例なほど豊かな内容を持っています。 これは、リュートの伴奏に乗って二人のソプラノが歌う、フランス風のデュエットであり、また、セレナーデのようにも聴こえます。豊かに施された装飾音が、得も言われぬアラベスクを織りなしています。これに比して、『インヴェンツィオン』の方は というと、まずその主題はリズミカルに4度上行するだけの、これ以上ないほど単純な音型です。それは、幾分古風なレース飾りのような対位主題に支えられつつ、どこまでも生真面目に曲を紡いでいます。    

(続く)

(全文・武久源造 写真,一部校正/改行・optsuzaki)
2012/11/12 revisited  

2012-10-22

インヴェンツィオンとシンフォニアについて Part5

インヴェンツィオンとシンフォニアについて
Part5
武久源造 
 
 

ここらでそろそろ、今まであえて素通りしてきた大物に取り掛かりたいと思います。

今まで私は、「当時の調律法では…」という言葉を、何の説明もなしに使ってきました。まるで、「それはもう解決済みの問題なので、その通りに受け止めてください」 と言わんばかりに。しかし、実際は少し違います。今回はそこのところを説明しまし ょう。これは、調性の問題に直接繋がることなので、『インヴェンツィオン』を考える際、避けては通れない問題だからです。

今日、ピアノを始め、全ての楽器は、いわゆる平均によって演奏できるよう調整されています。平均とは、12の半音の振動数の比が同じになるように配置された調律法です。実際に聞こえる音からすると、平均では、どの調も、全く同じに聴こえる (はずです)。したがって、平均率で調律されたピアノで『インヴェンツィオン』を 弾くとすれば、理論上、全ての曲を同じ調で弾いても、内容に変化はない、というこ とになります。しかしながらバッハは、15の調を選び、それぞれの調のために、個性的な雰囲気の曲を創っています。『インヴェンツィオン』と『シンフォニア』の各々 第1番は両方ともハ長調ですが、それらは、ほぼ似たような雰囲気を湛えています。 それぞれの曲集の第3番はニ長調ですが、それは、ハ長調とは全く異なる個性を持っています。つまり、バッハにとって、ハ長調とニ長調は、同じ長調であっても、その響きは完全に異なるものだった、ということが分かります。

 このことは、バッハの時代に用いられた調律法を実際に再現してみれば、耳で確認す ることができます。今日、我々古楽奏者たちが用いている古い調律法には、ピタゴラス、ミーントーン、プレトーリウス、ヤング、ヴェルクマイスター、キルンベル ガー、 ナイトハルト、ジルバーマン、バロッティなど、かなり多くの種類があります。これらは、16~18世紀に書かれた理論書から導き出された調律法で、最近では、コンピュータ制御のチューニング・マシーンが安価で売られていて、それを使うと調律法の理論 を知らない人でも、これらの調律法の中から好きな物を選んで、比較的簡単に調律することができるようになっています。しかし、私が恐れているのは、単に「昔はそうだったから」とか、「みんながそうやっているから」というような理由で、その内容を深く吟味することもなく、無反省に、古い調律法を用いている、というような状況が、最近あちこちに散見されるようになったことです。

まあそれはそれとして、いったいなぜ、こんなにもたくさん調律法が存在するのでしょう。それは、基をただせば、古代のヨーロッパ人が金管楽器を好んだからです。た とえばトランペットを考えてください。トランペットは、普通に吹くと、その管の長 さに相当する振動数の音が出ますが、さらに強く吹くとオクターヴ上、もっと強く吹 くとその5度上の音が出ます。つまり、基音がドならば、次の音はオクターヴ上の ド、 そして、次はさらに上のソ、ということになるわけです。さらに息の圧力を上げる と、 その上のド、そして、次はミの音が出ます。今までの音を整理するとド以外はソと ミ、 つまり、ド・ミ・ソという3和音が得られるわけです。これが、ヨーロッパ音楽の基本となったことは、周知のとおりです。

さて、こうしてド・ミ・ソが得られると、次には、ソを根音として、ソ・シ・レを作 りたくなります。さらに、レを根音とするなら、次はレ・ファシャープ・ラというこ とになります。このように5度上5度上と続けていくと、 ド→ソ→レ→ラ→ミ→シ→ファシャープ→ドシャープ→ソシャープ=ラフラット→ミ フラット→シフラット→ファ→ド という12の音が得られて、基のドに戻ります。こうして戻ってきたドは、最初のドの 7オクターヴ上のドになっています。1オクターヴ上というのは、振動数で言えば2倍 ですから、7オクターヴ上ならば2の7乗倍、最初が1ならば128ということになります。 一方、5度上というのは、振動数が2分の3倍ということです。上のように、5度を12個 重ねて7オクターヴ上のドに戻って来たということならば、2分の3の12乗してやれば いいわけです。これが無事128になればいいのですが、実はそうはならない。2分の3 の12乗は、129.7463…となり、128より、少し高いドになってしまうのです。このこ とを発見したのが、ピタゴラスだった、ということになっていて、この128と129.7463の差をピタゴラス・コンマと呼びます。

このことは何を意味するのかというと、5度を完全にハモらせていると、全体の響きは、いずれどんどん高くなってしまう、ということ。つまり、5度は少し低めに取っていないといけない、ということです。しかし、それでは美しくハモる5度ではなく なってしまいます。そこでピタゴラス調律では、一つの5度を完全に放棄して、つまり、どこか一つの5度をピタゴラス・コンマ分狭くして、後の11個の5度を美しい純正 5度とした。中世のオルガンなどに用いられたのが、この調律法です。 
 確かにこうすると、ほとんどの5度は美しくハモる。しかしここに、また一つ困った 問題が起こってきます。それは、このように5度を純粋にしていくと、3度がハモらなくなる、ということです。3度とはドに対するミの音です。ミを得るには、普通に ド・ レ・ミと上がることもできますが、 ド→ソ→レ→ラ→ミと、5度を四つ重ねて得ることもできる。ところが、こうして5度を経由して得られたミは、最初のドとはハモらない。やはり、ハモるミに比べてかなり高くなってしまうのです。この差を、シントニック・コンマと言います。一言で言えば、鍵盤楽器の上では、純粋な5度と純粋な3度は両立しないのです。なかなか厄介ですね。ところが、ルネッサンス時代には、特に3度の純粋さが好まれました。合唱や弦の合奏でそれを作るのは容易ですが、鍵盤楽器でそれを得るにはどうしたらいいのか。

そこで、16世紀の理論家ピエトロ・アーロンは、全ての5度を狭くして、つまり、も う5度の純粋さは完全に放棄して、その代わり、3度を美しく鳴らすことのできる調律法を編み出した。これを我々は、ミーントーンと呼んでいます。ここでも、どこか一つの3度は犠牲にしなければならないのですが、後の全ての3度は美しく響かせられるわけです。

さて、こうして人々は、5度を美しくできる調律法と3度を美しくできる調律法を手に入れた。つまり、ドに対してソを美しくするか、ミを美しくするか、の選択ができるようになったわけです。しかし、多くの場合、これはなかなか決められない。人情と しては、できれば両方程々にハモる調律法を編み出したいものです。そこで、バロック時代に入ると、いろいろな調律法が考案された。それらは、総じて、どこか一つの 5度や3度を犠牲にするのではなく、ピタゴラス・コンマやシントニック・コンマを、 いくつかの5度や3度に分け持たせる、というアイディアでした。つまりそこでは、い くつかの3度や5度がいくらか狭くなる、ハモらないのだけれども、その代わり、ある種の調は、5度も3度もかなり美しく響かせることができる、という工夫でした。例えば、ハ長調やヘ長調を美しくする。その代わり、変イ長調は、かなり汚い、あるいは、 厳しい響きになる、という具合です。どの調をどれくらい美しくするか、また、どの調をどれくらい汚くするか、このさじ加減によって、それこそ無数の調律法が提案された、というわけです。これら無数のさじ加減調律を総称して、我々は「バロック調律」と呼んでおります。
このようにして、バロック時代には、様々な個性的な調律法が行われていたのです が、 これは結局、次の時代になると、全ての5度と3度を少しずつ狭くして、つまり、どこ もかしこも、少しずつ汚い音にして、その代わり、全てを機械的に平等にする、とい う、いわゆる平均が採用されるようになり、それは、現代にまで続いているわけです。

ところで、バッハの『平均』として知られた曲集の題名は、原語では Wohltemperierte Clavierとなっています。この意味は、実は「平均」ではありません。ここで本来バッハが言わんとしているのは、「程よく按配された鍵盤楽器」つまり、上述のさじ加減調律のことなのです。これらの調律法の特徴は、そのさじ加減 によって、それぞれの長調と短調が、かなり個性的に響く、というところにあるのです。

さて、それでは、バッハは具体的にそれぞれの調にどんなイメージを持っていたのでしょう。 それについては、また、次回にお話ししましょう。

(全文・武久源造 写真,一部校正/改行・optsuzaki) 
2012/11/12 revisited 

2012-10-21

インヴェンツィオンとシンフォニアについて Part4

インヴェンツィオンとシンフォニアについて
Part4
武久源造 
 
今回は、少し観点を変えて、『インヴェンツィオン&シンフォニア』と『ゴールトベルク変奏曲』との関連についてお話しましょう。

バッハが『インヴェンツィオン&シンフォニア』を作曲していたのは、ほぼ1722年前 後のこと。そして、ちょうどその20年後の1742年に、『ゴールトベルク』が出版された。20年を隔てたこれら二つの曲集の間には、いろいろな連関があります。『ゴール トベルク』は、一つの変奏曲ですから、そこには当然筋書きのようなものがあり、終わりに近づくほど、徐々に緊張を増してクライマックスに到るような急進力がビル ト・インされています。しかしながら、本来は独立した曲の集まりであるはずの『インヴェンツィオン&シンフォニア』も、これを30曲の連作として弾いてみると、そこに、明らかに、あるクライマックスを志向する筋書きを感じ取ることができるのです。


とはいえ、実際の音を聴いていると、そうは思えないという人が多いかも知れません。 何度も言うようですが、『インヴェンツィオン』と『シンフォニア』はそれぞれ15の異なる調による15曲からなる曲集です。したがって、これを順番に演奏していくと、曲ごとに常に調が変わることになります。この点、『ゴールトベルク』とは正反対のデザインです。『ゴールトベルク』では、変奏曲という物の性質上、全曲は基本的に、同じ調、即ちト長調上で推移します。(例外的に、2曲だけト短調に変わりますが。)この点、確かにかなり異なる印象を与えるのは確かです。


しかし、一歩その内容に踏み込んでみると、そこにはかなり明確な共通点があることに、我々は気づく。 例えば、『ゴールトベルク』は、30の変奏が続いてはいますが、それは明らかに前半15曲と後半15曲に分けられています。それを宣するかのように第16局に『序曲』が置かれています。それを境に求心的な前半と遠心的な公判が入れ替わる、というデザインです。これを考えるとき、バッハが『ゴールトベルク』を構想した際、『インヴェ ンツィオンとシンフォニア』が念頭にあったことは、まず間違いない、と思えてきます。『ゴールトベルク』同様、続けて弾いていると、求心的な『インヴェンツィオ ン』 と遠心的な『シンフォニア』、つまり、前半と後半の対比、という同じ図式が見えてくるからです。 バッハは『インヴェンツィオン&シンフォニア』では、15の長を用いて、30の異なる 主題によって、様々な作曲技法を展開して見せたのでしたが、『ゴールトベルク』で は、一つの調、一つの主題、一つの和声進行によって、さらに多様な30曲を創った、 というわけです。


ここらで、少しばかり、具体的な内容に立ち入って、これらの曲集の共通点についてお話しましょう。 『インヴェンツィオン』の第2番では、かなり厳格なカノンの手法が用いられています。つまり、ここでは右手が先に出ますが、やや遅れて左手が、オクターヴ下で、全く同じ楽想を奏するのです。これは、専門用語で言えば8度のカノンということになります。ご案内の通り、『ゴールトベルク』には9曲のカノンが出てきますが、そのうち第24変奏が、この8度のカノンになります。


『インヴェンツィオン』以後バッハは、様々な作品に時折カノンの手法を用いていますが、鍵盤のための純粋なカノンとなると、結局彼は、以外にもその後の20年間、一 曲も書いていないのです。そして、『ゴールトベルク』に到って、バッハは再び、鍵盤のためのカノンに集中的に取り組んだというわけです。


また、『シンフォニア』の第9番は、バッハの生み出した自由鍵盤曲(オルガン・コラールのように特定のテクストを持たない作品)の中では、最も宗教的な悲しみを湛えた作品だと言えるでしょう。ゆっくり下降する半音階、そして、溜息をつくように 2度下がった後間を空けるいわゆる溜息音型が、ここでは執拗に繰り返されます。これらの音型は、バッハの教会カンタータや受難曲、ミサ曲などの重要な部分で、必ず といっていいほどしばしばお目にかかる慣用句です。この音型を聴けば、直ちに、 「あ、誰かが死んだんだな」と思っていいほどです。(そして、この「誰か」というのは、たいていキリストのことなのですが) 実際バッハは、カンタータやオルガン・コラールなどで、歌詞の内容は喜びを歌って いるのにも関わらず、バックの伴奏声部に、この溜息の音型をやらせたりする。そういう場合、バッハは「この喜びの陰には、キリストの犠牲があったのだ」ということを、我々のために、密かに告げているわけです。そういうわけで、これらの音型は、 宗教曲には欠かせないものなのですが、宗教曲でも何でもない、鍵盤作品にこれほど 集中的に、この種の悲しみの表現が出てくる、というのは珍しい。ここまで読まれた 方の中には、「ちょっと待ってくれ。あれはどうなんだ?」と思われた方がいらっしゃるかも知れませんね。そうです。またしても『ゴールトベルク』です。第15変奏。 あれこそは、まさに溜息のオンパレードです。バッハがあれほどしつこく溜息を繰り 返しているからには、何らかの宗教的内容を暗示しているのに違いない、と私は考えているわけですが、あそこに、この『シンフォニア』の第9番が木霊しているといっていいでしょう。


そのような例はまだあります。『シンフォニア』の第7番。冒頭に宣言される主題は 上向短6度の音型です。これもまた、バッハが実にしばしば用いた「嘆きの音型」です。有名なところでは『マタイ受難曲』のペテロの悔悛のアリア、『ヨハネ受難曲』 のキリストの死後に歌われるソプラノの慟哭のアリアなど、枚挙にいとまがありません。しかし、バッハは鍵盤曲では、あまりこれを用いない。それが、またまた『ゴールトベルク』。今度は第25変奏において、あたかも満を持して登場するかのように、この嘆き音型が集中的に現れるのです。


ここに挙げた溜息音型や嘆き音型などは、いずれも、この解説のPart2で述べた音楽修辞学の伝統において培われたものです。こういう音型をドイツ語でフィグール Figurと言い、これを教える理論をフィグーレンレーレと言いました。バッハの従兄弟に当たるヴァルターも、音楽修辞学に関する大部の著書を著しており、そこで、このフィグールについて詳述しています。バッハ自身は、そうした文章は一切残してい ないのですが、彼が当時の誰よりもフィグーレンレーレに精通していたことは疑いの ないところです。


20年を隔てた二つの作品群の間の緊密な関連! ここから、我々は、バッハの人生について、何を読み取ることができるのでしょうか。 




(全文・武久源造 写真,改行・optsuzaki) 

修辞学について

 『インヴェンツィオンとシンフォニア』についての解説文に出てくる「修辞学」と
は、そもそもどのような学問なのか、武久源造氏に質問したところ、次のような説明
が返ってきました。氏の許可を得て、掲載することにします。(主宰)

-----Original Message-----
From: genzoh
Sent: Friday, October 19
Subject: 修辞学について

修辞学Rhetoricには、主に二つのジャンルがあり、一般に旧修辞学と新修辞学という
風に区別されています。
 
このうち、バッハに関係のあるのはもちろん旧修辞学の方です。これは、まず、ギリ
シャで起こりました。初めは、紀元前5世紀にシチリア島で起こった戦争の後の土地
訴訟問題で、多くの裁判沙汰が発生し、そこで、結局相手を言い負かした方が勝つ、
という現実を見た人々が、「相手を言い負かすプロ」の必要性を感じ、それを専門に
研究する学問を育てたのだ、と言われています。つまり、弁護士の元祖ですね。これ
は、その後のギリシャで、異常なまでに発達しました。有名なエレア派のゼノンなど
は議論の達人と言われ、場合によっては相手の矛盾を突いて、白を黒と言いくるめる
ような言葉のアクロバットを好んだ。この修辞の行き過ぎは、そのすぐ後に出たソク
ラテスによって批判されたわけです。修辞学は、しかし、何も裁判で活躍するだけの
ものではなく、哲学を語り、あるいは、物語を創って演じるための、理論的バック
ボーンとして鍛え上げられた。

ギリシャの修辞学を集大成したのは、アリストテレスです。彼は一人でギリシャの諸
学をまとめた大哲人ですけれども、その『修辞学』および『詩学』は、『動物学』や
『植物学』などとともに、その後2千年間、ヨーロッパの学校で古典中の古典として
崇められました。結局、ヨーロッパのルネッサンスというのは、学問的にはギリシャ
古典の復活であったわけですが、中でもアリストテレスの存在は大きかった。

アリストテレスの著作は『修辞学』を含めて殆ど全てが日本語にも訳されていますの
で、我々も簡単に読むことができます。そこには、修辞学の基本要素が余すところな
く解説されています。ギリシャの修辞学は、哲学のための方法であり、また、裁判で
相手を負かすための方法として鍛えられた、かなり生々しいものでした。

このアリストテレスが後の修辞学者にとっての最良の古典となるわけですが、そこで
はいったい何が教えられたのか、簡単に説明します。

まず、自分が言うべきことを見つけ出すインヴェンツィオ。ここで教えられたのは、
裁判では、いかに相手の矛盾を攻撃するか、とか、物語を語る場合、その場に適した
内容をいかに選ぶか、とか、まあ、そういうことですが、これが非常に微細な点に到
るまで、検討された。次に、それを、適切に配列するディスポジツィオ。つまり、
たとえば、弁論の第一声、最初は人々の関心を引くために感情的に訴える部分を置く、
次に、自分の言いたいことを論理的に説明する部分、続いて、予想される反論に対して
自分の主張を弁護する部分、そして、もう一度力強く、自分の主張を再確認する部分、
最後に、再び聴衆の感情に訴えるような気の利いた弁論で結ぶ。
まあ、これが基本ですが、この配列方も、後のローマ修辞学などでは、もっと詳細に
研究されました。これらの配列法は、後に、バロック時代の音楽家に直接影響し、ブ
クステフーデやバッハの自由オルガン作品(トッカータなど)の曲の構造は、全くこ
のアリストテレス以来の修辞学の伝統に則したものでした。 
さて、配列が決まったら、次に来るのは、様々な隠喩法や、いわゆる言葉の彩を用い
て、弁論を装飾するエラボラーツィオ。これがまたすごかった。言語表現をどこまで
も磨こう、という不屈の意志を感じます。その伝統は、今でも続いていて、たとえ
ば、イギリスの小学生は、1年生に入るとすぐに、「蜂のように忙しい」、「鳩のように
柔和」というような隠喩を叩きこまれるそうです。もちろんこういうのは、聖書にも
ふんだんにでてくるわけだけれども、実際に、訴訟沙汰が起こっても、役に立つ。フ
ランス革命が起こったとき、それまでの貴族たちは、どんどん処刑されていったわけ
ですけれども、そのとき、一人ひとり呼び出されて、議会の場に引き出された。そし
て、弁論のチャンスが与えられた。そこで、見事に自分の正当性を立証できた者は、
処刑を免れたようです。つまり、修辞学を心得ているかどうかで、命が左右されたわ
けです。さて、旧修辞学では、装飾法の後、自分の弁論を憶える記憶術が教えられました。
そして、憶えた弁論を、適切な発音と発声で語る技術も、修辞学の大切な分野でした。

さて、ギリシャの後、修辞学はローマの学者たちによって引き継がれます。作者不詳
の『ヘレニスに宛てたる修辞学』、そして、キケロの『修辞学』、また、クインティ
リアーヌスの『修辞学』が有名です。ローマ時代の修辞学は、どちらかというと、
生々しいものではなく、教養人が心得ているべき弁論術、つまり、人前で上手に語った
り、巧みに文章を書いたりする技術を磨く目的で教えられました。それはかなり、微に入
り際に渡った物で、たとえば、弁論の際、話の内容によって、どういう服装で人前に
出るべきか、というようなことも重要視されていました。

ローマでキリスト教が普及するに連れ、福音書など、一連の聖書が書かれていったわ
けですが、その際、ギリシャ以来の修辞法が大いに用いられたのは言うまでもありま
せん。したがって、アウグスティヌスも、キケロの修辞学によって聖書を理解しよう
としたのは、いわば当然のことだったのです。

その後、ヨーロッパの中世では、聖書との関連もあって、ローマ修辞学が重んじられ
ました。しかし、一時的にこの伝統は絶えたかに見えた。それを、大々的に復興した
のがルネッサンスでした。印刷術によって、ギリシャ・ローマの古典が大量に復刻出
版され、ちょっとした人ならば、みんなそれを読めた。ドイツでは、例えばルター
も、彼の聖書研究の集いでは、やはり、修辞学の古典を大いに用いました。それで、ル
ター派の教会学校でも、ギリシャ古典を中心とする自由7科、中でも3科(文法、論理学、
修辞学)が重視されたわけです。そして、4科の方からは特に音楽が重んじられた。
というわけで、音楽と修辞学が結び付くのは、ごく当然の成り行きだった。そのこと
は、ルター派の教会学校で使われた音楽の教科書(その最初のものはリステニウスに
よって書かれました)において、歴然としています。また、ドイツ圏で最初に作曲法
の理論書を表したブルマイスターの一連の著作には、アリストテレスの修辞学かがの
引用がふんだんに見られます。

これ以後150年、バッハが活躍した時代に到るまで、ドイツ圏では、実に多くの音楽
理論書が出版されましたが、そこでは、音楽の様々な技法が、修辞学の用語を用いて
解説されています。つまり、この時代の音楽家は、修辞学の知識なしには、全く仕事
にならなかった、というわけです。

バッハの死後もしばらくの間、この伝統は継続しますが、18世紀後半、ヨーロッパ人
たちは、教会から離れ、古典から離れ、いわゆる世俗革命の時代へと突入していきま
す。それによって、音楽もまた、教会とギリシャ古典の伝統から飛び出していくこと
になります。彼らはあわてて、新しい音楽用語を創出し、新しい概念を生み出さなけ
ればならなかった。そして、日本の明治時代に伝えられた西洋音楽は、その出来立て
ほやほやの音楽理論によって生まれたものだった、というわけです。
 
(全文・武久源造 改行・optsuzaki)  

インヴェンツィオンとシンフォニアについて Part3

インヴェンツィオンとシンフォニアについて
Part3
武久源造



前回は、文系の話でしたので、今回はやや理数系のお話、数字と配列について、です。
直ちに「ああ、つまらなそうだなあ」と思った人もいるかも知れませんね。 その気持ちは分かります。
しかしこれが、なかなか奥深い話ではあるのです。 

さて、今回のリサイタルで、私が演奏するバッハの作品は合計30曲、その内訳は『イ ンヴェンツィオン』が15曲、『シンフォニア』が15曲です。前にも述べましたが、こ れは『ゴールトベルク』の変奏の数と同じです。これには何か意味があるのでしょうか。 

 これまで、ほぼ50年間、バッハの音楽と付き合ってきた私に言わせれば、バッハは何をやるにしても、「偶然そうなっちゃった」というようなことにはしない、全ては、 ある統一的な意図のもとに計算されている、という状態を好む人でした。特に彼は、数の象徴を好んで用いました。したがって、この15×2という数字にも深い意味があるはずです。

人類は、おそらく、その歴史の初めから、二つの数体系を持っていたと思われます。 それは、手や足の指の数に基づく十進法と、太陽と月の動きから導かれる十二進法で す。1年が360日ちょっとであることは、既に古代人の常識でした。360を12で割ると、30と言う区切りのいい数になる。30日は、月の公転周期の近似値でもある。そこで、古代人は、宇宙に12の星座を探し出し、日の出の位置がぐるぐる回る黄道十二宮を想 定して、1年12か月の暦を創ったわけです。また、1日の昼と夜とを2等分して、さら にそれを12等分したものを1時間とした。つまり、1日は24時間であるわけですが、地 球が1日に1回自転するのならば、1時間に動く角度は15度となります。さらに、この1 時間を60等分して1分とし、それを60等分して1秒とした。60という数は、十進法の10 と十二進法の12の最小公倍数です。まあこんなことは、ここで改めて言うまでもない ことですが、人間はこれをそのまま角度の体系にも応用した。それで、我々が角度を 測る時に、円の一回りを360度とし、直角を90度などとやっているわけですね。この、十二進法による、一回り360度の体系では、30度は都合のいい単位となります。たとえば、ホロスコープでも、星と星の角度が30度やその2倍の60度になると、プラスの作用を生ずる、つまり、運気がいいとされています。 

一方、バッハは『インヴェンツィオン』と『シンフォニア』で、それぞれ15の長調と 短調を選んでいます。しかし、ご案内の通り、西洋音楽のシステムは12の音によって構成されています。したがってその12の音のそれぞれに長調と短調を数えるならば、全部で24の調があることになります。ということはつまり、『インヴェンツィオン』 では、九つの長調と短調が省かれたことになります。なぜ、九つの調を省いたのでしょうか。 

実は、バッハはこの『インヴェンツィオン&シンフォニア』をまとめているころには 既に、『平均第1巻』を準備していました。周知のようにこれは、24の長短調によ る前奏曲とフーガのセットです。これは当時としてはかなりの冒険でした。
なにしろ、変ニ長調や嬰ト短調などは、理論的には可能でも、バッハ当時の調律法で弾くと、そうとう汚い響きにならざるを得なかったからです。(しかし、バッハはこれを何とかしたらしい。いったい彼は、どのような調律法を用いたのか。それは、未だに結論の出ないなぞとなっています。) 


バッハが『平均』を構想した時、彼の念頭には先人フェルディナント・フィッシャーの『18の調による前奏曲とフーガ』のことが引っかかっていたに違いありません。フィッシャーは現実的に考えて、その当時用いられていた全ての調を網羅したわけです。 その数が18だった。『インヴェンツィオン』は15。そこには、シャープとフラット、 それぞれ四つまでの調が用いられています。しかし、例えばシャープ三つの嬰ヘ短調 や、フラット四つの変イ長調は入っていません。嬰ヘ短調などは、時折にもせよ、こ のころ既に用いられていたにも関わらず、です。もしも、バッハが、現実に用いられ ている調を網羅する気が合ったのなら、フィッシャーと同じく、18曲のセットにした はずです。このことを考えると、私には、彼はここで15と言う数字にこだわりがあっ たように見えてならないのです。それは、バッハが、宇宙の動きに基づく30、そして、その半分の15という数に魅力を感じていたからではないでしょうか。 

さて、ここで、『インヴェンツィオン』の第1番を見てみましょう。その全体は22小節でできています。22という数は、ラテン語のアルファベットの文字の総数です。つ まりバッハはここで、「音楽のイロハを始めましょう」と、我々に呼びかけているか のようです。さらには、『インヴェンツィオン』の最後である第15番も同じ22小節。 実に念が入っています。 

そして、第1番の主題は、8個の音譜から成る極めてコンパクトなものですが、22小節 の全曲中に、この主題は37回も現れます。37というのは、22+15です。つまりこれ は、アルファベット全体の数に、このインヴェンツィオン全体の数を足したものです。また、この37という数は、30+7とも考えられます。つまりそれは、神が宇宙を創造なさった7日、7曜日の7に、黄道十二宮の単位30度、一月の日の数を足したものです。 

サテ、今度は曲の配列を見てみましょう。『インヴェンツィオン』も『シンフォニア』も、ハ長調に始まりロ短調で終わっています。つまり、ド・レ・ミの順番に並んでい るわけですが、バッハは最初からこういう順番を考えていたわけではありませんでし た。前に触れた『インヴェンツィオン』の前駆ヴァージョンである『ファンタジア』 では、調号のない曲に始まり、徐々に調号が増えていくような配列になっていました。

これは、後にショパンが、作品28として出版した『24のプレリュード』において採用 した配列法と同じです。音楽的には、こちらのほうが自然な考え方ですね。しかしそ れを、バッハはあえて変更し、ド・レ・ミ順、あるいは、アルファベット順にしたわけです。アルファベット順というのは、例えば辞書がそうであるように、人間にとっ ては一目で理解できる合理的な順序です。しかし、『インヴェンツィオン』をアルフ ァベット順に弾いていくと、曲ごとに調号がランダムに増えたり減ったりすることに なります。当時の一般的な調律法を用いるとすれば、結果的に、よくハモる調とありハモらない調がランダムに並ぶことになってしまいます。音楽的にいって、この配列はいかにも不自然です。バッハはなぜ、あえてこのような順番に変えたのでしょうか。 


たぶん、そこに我々は、当時フランスから入ってきたばかりの新しい思想の影響を見 て取るべきであるかも知れません。それは、事物を自然の秩序から一度解放して、人間の考えた合理的秩序によって再統一するべきだと考える、ディドロ、ダランベール 等のいわゆる百科全書派の哲学です。これは、この後ドイツにおいても流行し、啓蒙義=合理主義の時代精神を育んでいくのですが、まぎれもなくバッハもその時代の子であったわけです。
 
(全文・武久源造 写真,一部校正/改行・optsuzaki) 
2012/11/12 revisited  

2012-10-20

インヴェンツィオンとシンフォニアについて Part2

インヴェンツィオンとシンフォニアについて
Part2
武久源造  
 

 
 
今回は、『インヴェンツィオン』という言葉の意味についてお話ししましょう。

バッハは、『インヴェンツィオン』を一気に書き上げたわけではなく、数年に渡って
書き溜めてきた曲の中から選び抜いた15曲に、さらに推敲の手を加えて、一冊の譜本
にまとめたのでした。それは、『ゴールトベルク』のほぼ20年前、彼が38歳の1723年
のことでした。というわけで、『インヴェンツィオン』には、いくつかの初期稿、あ
るいは前駆的なヴァージョンが残されています。たぶん実際にはもっとたくさんあっ
たことでしょう。それらを見ると、いろいろなことが推察されます。たとえば曲名で
すが、バッハはこれらの曲を、最初は『ファンタジア』と呼んでおりました。ファン
タジアという名前を見ると、我々は、たとえばショパンの幻想曲や幻想即興曲などを
連想します。それらの曲は、まさに、「幻想」という日本語訳にぴったりのイメージ
ですね。しかし、バッハが「ファンタジア」と言うとき、それはルネッサンス以来の
鍵盤楽器やリュートのための音楽の伝統に根差した言い方に他なりません。その伝統
においてファンタジアは、しばしば、厳格な模倣対位法を用いた作品を指し示す用語
でした。(時には、比較的自由な和弦様式の曲名としても用いられましたが)明らか
にバッハも、ここでその伝統に則っていることが分かります。後にインヴェンツィオ
ンと改題されるこれらの曲で、確かにバッハは専ら厳格模倣様式によって曲を紡いで
います。普通ならばそれは「フーガ」あるいは「小フーガ(フゲッタ)」と名付けら
れたことでしょう。つまり、これらの曲は、必ずしもフーガではない、と、バッハは
ここで、声を大にして言いたいのです。

これらの15曲を順番に見ていくと、確かに第1番は古風なフーガのスタイル、第2番は
同じく古風なカノンのスタイルで書かれています。ところが、第3番からは、いわゆ
るフーガのスタイルから徐々に逸脱し、自由な模倣対位法が繰り広げられます。やは
り、これらの曲を総称するとすれば「ファンタジア」以外の名前は使えない、という
気がします。ではなぜバッハは、これを「インヴェンツィオン」と改題したのでしょ
う。

このことは、皆さんあまりご存じないと思われますので、少し長くなりますが、ここ
で説明しておきましょう。

インヴェンツィオンというのは、本来修辞学の用語です。修辞学とは、説得力をもっ
て話をする、文章を書く、つまり、対話のコミュニケーションのための学問です。中
世から近世にかけて、ヨーロッパの子供たちが学んだ教養課程、自由7科(自由人が
学ぶべき7教科の意)の内の文系3科に属しています。当然バッハも、オールドルフ
やリューネブルクの教会付属学校において、これらを学びました。文系3科には、他
に文法と論理学がありました。一般教養の自由7科というのは、結局、コミュニケー
ションのための知識と技能であった、と言うことができます。そのうち、文系3科は、
人間同士のコミュニケーションを教えるものでした。中でも修辞学は、最もアクティ
ヴな学問で、そこには雄弁術や文章術、または、人の心にいかに訴えるかという面で
は、心理学的な内容まで含まれていました。

ところで、我々には意外なことですが、この自由7科で、音楽は、理数系の4科に属
していたのです。理数系には他に、算術、天文学、地理学が入っていました。つまり、
宇宙に関する知識、地球に関する知識、そして、そこに内在する数の法則を学んだわ
けですが、音楽は、その数の法則を耳に聞こえるハーモニーの形で具現するものとし
て捉えられていたのです。これら理数系4科は、いわば、目に見えないもの(象徴的
な意味で我々の外部=宇宙や地球、そして、そこに内在する法則、それらを繋ぐ音楽)
とのコミュニケーション法を学ぶための学問でした。

ところが、ルネッサンス以後、人文主義の運動が普及するに連れ、音楽は徐々に文系
の分野に組み入れられるようになります。時あたかも、文学の時代が始まろうとして
いました。ダンテからシェークスピアに到る200年は、各国語による豊かな言語表現、
深い心理洞察を準備しました。そして、バッハが活躍したのとちょうど同じ時期、小
説、物語、詩などを創作する新しいタイプの作家が続々と現れ始めていました。この
流れの中で、音楽は人間の思想や感情を伝達する「もう一つの言語」とみなされるよ
うになり、その技術を研究する音楽修辞学Musical Rhetoricが誕生したのでした。ル
ターが音楽の力を信奉していたために、ルター派の圏内では、音楽修辞学は特に重要
視されました。作曲家は教会音楽を創る際、聖書の内容を、できるだけ具体的、かつ、
説得力をもって表現することを求められました。ルターが牧師の説教と同じ地位を、
教会音楽に与えたからです。。『インヴェンツィオン』という表題は、直ちにそのこ
とを思い出させます。

インヴェンツィオンは、ラテン語のインヴェンツィオ、つまり修辞学の中での第1分
野、=「着想」を意味します。弁論を行う際、あるいは、文章を書くとき、我々はま
ず、自分の言いたいことを、はっきりとした言葉の形で確認しなければなりません。
インヴェンツィオは、その技術を教える分野だったのです。そこから転じてドイツの
音楽修辞学でも、インヴェンツィオンは、一つの曲を支えるに足る楽想を見つけ出す
技術を指していました。ここで注意しなければならないのは、現代の我々にとって、
主題とか主要楽想とかいうものは、作家個人の個性を刻印されたものであり、それは
何よりもユニークなものでなければならない、と思いがちです。しかし、バッハの生
まれたころのドイツの音楽では、主題は何も個性的なものである必要はありませんで
した。むしろ主題は、どこにでもあるような、一見つまらないものであっても良かっ
たのです。そのつまらないものから、華麗な大作、あるいは、洒落た一品を紡ぎだし
てこそ、作曲家の技術が讃えられたものでした。バッハの『インヴェンツィオン』で
も、例えば第1番の主題は、それ自体としては何の変哲もない旋律です。また、第8
番の主題は、よくあるトランペット音型です。しかし、それらを使ってバッハが曲を
展開するとき、それらの主題は、この上もなく個性的な、他に類を見ないユニークな
輝きを発する。ここにこそ、バッハが「インヴェンツィオンの技術」として、生徒た
ちに学んで欲しかった秘密があるのです。

しかし、『インヴェンツィオン』の中には、主題自体が既に個性的な旋律であるよう
な物も含まれています。第15番の主題はその顕著な例でしょう。ここには当時流行の
イタリア・スタイルの歌唱的旋律方が見られます。バッハの生きた18世紀、作曲家は
中世的な職人から、個性を主張する近代的芸術家へと、そのイメージを変容させつつ
ありました。その新しい潮流は、まず、イタリアから押し寄せてきたのでした。


イタリアといえば、ちょうど、バッハがインヴェンツィオンをまとめていたころ、ヴ
ェネツィアでは、例のアントーニオ・ヴィヴァルディが、後に作品8としてまとめる
ことになる、あの有名な『四季』を創作していました。そしてこのヴィヴァルディの
作品8の出版譜には、「ハルモニアとインヴェンツィオの試み」という副題が付され
たのでした。ここでヴィヴァルディが言わんとしているのは、ハルモニア、つまり、
音楽と、インヴェンツィオ、つまり、修辞、あるいは詩との融合(コラヴォレーショ
ン)の実験、ということでした。ご案内の通り、ヴィヴァルディは『四季』の楽譜に
自ら創作した14行詩(ソネット(を書き込んでいて、音楽が詩の内容に沿って(ある
いはその逆でもいいのですが)進むように工夫したわけです。この試みは、当時にお
いても大成功を収めました。

バッハの『インヴェンツィオン』は、ヴィヴァルディほど派手な試みではありません。
しかし、これはやはり、バッハによる「チェンバロ詩集」であると、私には思えるの
です。全体は二つの声部のために書かれています。つまり、二つの声部しか出てこな
いのです。鍵盤曲としては最低限の声部数、これ以上ない質素な編成です。その2声
部を使って、バッハは、実に豊かな修辞を聴かせてくれます。なんといっても、そこ
に盛られた詩情に、私は感嘆せざるを得ません。それを、皆さんにも是非味わってい
ただきたいと思います。
 
(続く) 
 
(全文・武久源造 写真,改行・optsuzaki) 

2012-10-19

インヴェンツィオンとシンフォニアについて Part1

武久源造氏ご本人が弊blogに書き下ろして下さった
リサイタルへの手引きです。回に分けてお届けします。 
 
インヴェンツィオンとシンフォニアについて
Part1
    
武久源造 
 
  
『2声部のためのインヴェンツィオン』と『3声部のためのシンフォニア』は、それぞ
れ、15の異なる調で書かれた15曲から成る曲集です。 
今回私は、これを続けて演奏いたしますので(間に休憩を挟むかも知れませんが)、
都合30曲の連作として聴いていただくことになります。
前回のリサイタルで演奏いたしました『ゴールトベルク変奏曲』も、その内容は主題
と30の変奏でした。30という数字が共通しておりますが、後に述べますように、これ
は単なる偶然ではありません。

『インヴェンツィオンとシンフォニア』は、バッハが残した500曲余の鍵盤曲の中で
も、特によく知られた作品です。現在、バッハの美しい自筆譜が写真コピーによって、
広く流布していますが、それに加えて、ヨーロッパ、アメリカ、アジアの各国(そし
て、たぶん、南ア連邦などのアフリカ諸国も含めて)から、おのおの特徴ある編集譜
(演奏家、作曲家、音楽学者などによってデザインしなおされた楽譜。多くの場合、
フレージング、表情記号、指使いなどが書き加えられている)が、現在なお続々と出
版されています。実は、私は、かつて(1996年)、これをCDに録音するにあたって、
ちょっと調べたことがありましたが、その時、19世紀初頭以来200年に渡って、世界
中から出版されているこの曲集の楽譜を、少なくとも7・80種類は確認することがで
きました。つまり、例えて言えば、これらの曲集は、そのくらい様々な国の言葉に翻
訳されている、と言ってもいいでしょう。

さて、先ほど、鍵盤曲、と言いましたが、これらの曲集は、厳密には『2声部、また
は、3声部』のための作品であり、バッハは、その自筆譜のどこにも、いかなる楽器
名も書いてはおりません。したがってこの曲集は、『フーガの技法』などと同じよう
に、基本的にはどんな楽器で演奏しても(あるいは、人声、つまり、声楽作品として
演奏しても)差し支えない、という建前を取っております。実際、弦楽器や管楽器、
または、合唱によって演奏された例も、過去にたくさんありました。しかしながら、
『フーガの技法』がそうであるように、やはりこの『インヴェンツィオンとシンフォ
ニア』も、まずもって、チェンバロ、クラヴィコード、オルガンなどの鍵盤楽器で弾
かれるための作品であることは間違いないでしょう。とはいっても、当時、バッハの
周りで選ぶことのできた鍵盤楽器には、実に驚くほどたくさんの種類がありました。
したがって、現在これを演奏しようとする私たちにも、様々な選択の余地があるとい
うことになります。上述の私のCDでは、チェンバロ、オルガン、クラヴィコードの3
種類の鍵盤楽器を用いましたが、今回の演奏では、これを1台のチェンバロで弾こう
と思います。前回の『ゴールトベルク』と同じく、カークマン・チェンバロの多様な
機能を使って、これらの曲から、可能な限り豊かな色彩を引き出してみたいと思って
おります。 
 
ここまで読まれた方の中には、「へえー、ずいぶん面倒くさいんだなあ」と思われた
方もあるかも知れません。だいたい、なぜ、バッハは『2声部』とか『3声部』などと、
わざわざ持って回ったような言い方をしたのでしょう。
バッハのことですから、やはりそれには少し深い意味があります。バッハが自筆譜に
添えた序文を読むと、この曲集は、バッハが学習者のための教材としてまとめたもの
であることが分かりますが、それは、演奏のための教材であるとともに、作曲のため
の良き模範として創られたものでもありました。考え方によっては、後者のウェイト
の方が、より大きいともいえるでしょう。バッハはここで、声楽や器楽といったメデ
ィアの違いを超えた、2声部や3声部の動かし方を実地に学んでほしい、と言っている
わけです。ここでのバッハの態度は、極めて職人的です。このころの庶民が仕事を憶
えるには、現代の私たちのように学校に行くのではなく、尊敬する親方のところに徒
弟として住み込んで、何年もかけて学ぶのが普通でした。バッハ自身も10代前半に、
長兄ヨハン・クリストフの家に住み込んで音楽の修業をしましたし、後には、自分の
家に多くの弟子たちを住まわせました。バッハの二男エマーヌエルが報告していると
ころによれば、常時40人ほどの子供たちや生徒たちが、バッハ家で生活していたよう
です。『インヴェンツィオンとシンフォニア』は、そのにぎやかな学習の場のために、
バッハが生み出した無数の教材の中から選び抜かれた「最良の模範例」だったのです。
それを思うとき、これらの曲に貫流する生命力が、師と生徒の生きた対話、そして、
何よりもバッハの激しい愛情から来ていることが分かります。激しい愛情というのは、
やや不思議な言い方かも知れません。彼の愛情は、積極的、能動的、そして、優れて
プラクティカルなものだったと思うのです。かれは、生徒に向かい合うタイプの、い
わゆる「何でも知っている先生」ではなかったでしょう。そうではなく、彼は自らも
前に進みつつ、生徒には背中だけを見せるような「苦闘する師」であったと思います。
背中だけを見せながらも、彼の生み出す「教材」には、生徒である私たちを鼓舞し、
奮起させずにはおかない激しい力、より高い音楽のレベルに我々を巻き込んでいく強
靭な駆動力があるのです。今、私は、来るべきリサイタルのために、この30曲を毎日
弾いておりますが、毎回毎回、その力に打たれ、そこに溢れる愛情に激しく感動して
いる自分を発見します。全く驚嘆すべき曲集です。この驚嘆と感動を、来るべきリサ
イタルでは、是非皆様に、できるだけたくさん手渡したいと思います。

   (続く)
 
(全文・武久源造 写真,一部改行・optsuzaki) 

2012-10-18

広報紙づくり研修会に行ってきました 2012

岡山県PTA連合会事業 第14回岡山県PTA連合会広報紙づくり研修会

「楽しく、読まれるPTA新聞づくり研修会」 場所:ライフパーク倉敷 大ホール



会場入の前に、さるところでお知り合いになった科学センターの学芸員の方にも
お目にかかることができました。 お忙しい中、ありがとうございました。
(想像以上にお若くてカッコよかったデス)


さて講習会のこと。お母さん方、去年より少しだけ少ないかな。
(ちらほら男性もいたので、今年はインタビューは無しでした。)

おなじみ、レイアウトの実習は....        正副部長、ガシガシやってますねぇ。



今年は去年より時間が掛かった感じ、少し地味になってしまいましたが
僕はとても気に入っています。

総評では真ん中の段にセンスがキラリと光る方たちが集結していて、
今年のレベルの高さをヒシヒシ感じます。いい刺激になりました。

はばたき前期号の講評は赤ペンは、正直ほとんど書き込みがありませんでした。
ホッとする反面、段階がつぎのステージになったのだ、と自戒しました。

嬉しかったのは、舞台まで取りに行った時、他校の方が手にとってほめて
くださっていたこと。見知らぬ方に思いが届く瞬間を垣間見ました。
印刷会社にすべてまかせていると思っておられたようなので、ソフトの紹介や
少しお話ができました。

何回受けても、毎回発見があります。今年は講師の方も変わったので、
微妙に伝わってくるポイントも違ってきたように思います。


ライフパークをあとに。少し肌寒い。

そうそう、今回は少し食べ歩きも(笑)。

ちなみに行きがけに食べた讃岐うどん・なか浦
天ぷらうどん(350円!) も美味しかったです。
あっさりな薄口が、ご婦人方にも好評でした。


2012-10-17

祭りの写真が整理できました

途切れ途切れになっていた作業ですが、
500枚超えで、〆ました。

いろいろな世代の表情を収めることが、
祭りの撮影の楽しみです。いつもの子どもたちとは
また違った陰影が魅力です。

ビデオについては毎年反省の山、ですが(笑)、
写真も集合写真については、苦手なライティングに
取り組まないと、どうやらもう前に進めないようです。

2年目になると、余裕が出る反面、
少し欲も出ますね。

2006年。最近は祭りの時、子どもたちが店に来なくなった。

2012-10-16

ワガシ



午前中、小学校時代の恩師が店に立ち寄って下さった。

辛口で有名な先生なのだが、退職されて何年も経っても、
影響力の強い闊達な方である。

 PTA~街づくり協議会への連携に、少し行き詰まりを感じていたボクに、
「もう2年ほど辛抱してしてみ。」と、慈愛のあるアドバイスをくださった。

見てないふりして、いろいろお話をされて回っているところは、
相変わらずである。

和菓子の音、としか変換しない位だから(苦笑)、世の中そういう事例が
少ないのかもしれないが、やっぱり我が師は凄かった。

2012-10-15

Blogger PVがリセット

朝からカウンターがリセットしてます。

いつか直るのかな...。


16:35 revisited
あ、直りましたね。

2012-10-14

雲散霧消

例えばですよ、この土壁の建物。


2010/1/2


















雰囲気あるなぁ、と思ってその時にカメラが向いてるんですよね、
壁も塗り替えて白いところは白く、車と並んでるいい対比があって。

これが、最近あっさりと無くなっているんです...。


いろんな理由で取り壊されていくんでしょうけど、
それがいつであるかは、まあ他人にはわからない。

このあたりのように、小さな町で災害が少ないところでは、
大きな山崩れでもない限り、ガラリと景観が変わるということは
起きにくいんですが、誰が喜ぶともないこういう写真だけが
あとにひっそりと残っていくわけです。

2012-10-13

遠くの意味


遠くへ出向くことが、しばらくなかったが、
来月に、下関行きが決まった。

例によって、朝早く出るバスでの日帰りなのだけれど、
(市のマイクロバスで、観光バスではない)
その日にはよくよく考えると、2つの予定があったのだった。

... 迷った。

それでも、遠い方から順に選ぶのが、出無精のボクにとっては
大切なことのように感じて、出席することにした。

2012-10-12

SUMISEI Best Book 2012-10号で


タニコー株式会社代表取締役社長・谷口秀一さんのお薦め。

毎月届く、保険の小冊子なんですが、悠治さんのお名前を
こんなところで目にするとは、思いませんでした。


公演の11月まであとわずかですね。

2012-10-11

TERUO NAKANO — Let's Go Skysensor (Live)

 

短波ラジオも楽器としてトリートする中野テルヲ。

スカイセンサーときいてピンと来る世代は、結構ウエかな(ふふふ)。

KraftwerkのComputer Loveのカヴァーも、とても素敵だった。 
内気な男のやり場のない暴走感が、濃密。

2012-10-10

ブチ切れた~


大丈夫、Oリングで結構直りました。

これは、ふちなしメガネのレンズに穴を開けるためのドリルですが、
穴あけのドリルを回すためと、メインの穴あけの前にあけるガイド穴の
セット用の両方が動くようにベルトがかかっているわけです。

時々これが経年変化で、プツッと切れるんですね。今回で3回目。

ドリルが回らない瞬間は慌てますが、この程度なら
自分でメンテできる範囲なので、すぐホームセンターへ走ります。

さて、目とメガネの旬間終わりました。ご存知の方は少ないでしょう。
(「メガネの日」から「目の愛護デー」までの10日間。)

2012-10-09

まつりのあと

そういうタイトルの曲や映画があるらしいけど、ぼくは知らないです。

決してイチからお手伝いできているわけではないので、
なにかに知らないまま、流れに関わっていく感じなんですが、
あらためて気づくことや、ためになることが多かった今回の祭りです。

若いころは、力仕事についていけないヒガミから、ついつい
逃げてきたところもありましたし、そうはいっても店も開けながらの
参加は、なかなか無理だったようにも思います。

トシをとるなか、厚かましさで「できることをさせてもらう」と
いうわがままが、通るようになったのかもしれません。

今年は700枚程度押さえました。僕のワッショイは、これからです...。


2007年の様子。ワシンもパールカメラ店もある。

2012-10-06

見ることを見よと


目で見るのではなく 脳で見るのだ と 教えてくれた人



笠神社大祭2012 リアルタイム 10-6


笠神社大祭2012 リアルタイム#3

2012-10-05

カラダも機材


今年も、みこしの写真撮影の依頼がありました。

祭りの前は、機材の手入れから。

昨日から準備を始めているのですが、考えすぎると道具が増える傾向になるので、
フットワークが重くなります。

どうやって無駄なく動くか、思い込みを省いてみます。

2012-10-04

Nikon F-801に翻弄される

お休みで、お昼から特にゆっくり。

市内の皆さんも知ってらっしゃるところで、
新旧カメラをつっ突く。秋の新製品が次々届いていて、
最新機種もまあ何かと賑やか。

が、お楽しみとしてはジャンクや中古カメラである。

おぉ、Nikon F-801、である。F4のサブ的な位置づけだが
なかなか良くできたカメラだ。
仮に不動でもF4ユーザーとしては、モックよりも為になる。

そうそう、税込500円はあんまりだろう。

バラせる電池室をのぞいては、とても綺麗な状態だったが、
結論からいうとAF不動、カウンター異常、そして時折ミラーアップ
から復帰せず、ということで仰せの通り、きっちりジャンクだった。

素人的に掃除できそうなところを順に運んでみたが、
まあ、事態は改善しなかった。

器械のスペックとしては、アイポイントの高いファインダーと
ピントの山のひろいやすいスクリーン(外して掃除もできる。)、
まとまりの良い操作系、ととても印象の良いカメラだった。

何でもかんでもに、ロックがいちいちついているF4から、
四の五の言わずにそういったノブを取り去った感じである。

Ai Nikkorを使うのなら、AFの出来不出来は関係ないし、
前述のスクリーンの良さからも、おすすめできる。

さて、高額になるに違いない修理は考えないとしても、
どうしたものだろう...。



2012-10-03

En Blanc et ...


真ん中だけ見ていると 白い花と呼びにくくなる

2012-10-02

Facebookのメガネのツザキページ

昨日から右下に、メガネのツザキ・Facebookページのバナーを
つけました。

こちらでも時折紹介している兄弟blog(?)、「朝なぎ」
投稿も一部アップしていて、お店関連の情報を一度に
見渡せるという、一粒で二度美味しいページとなっています。

時々は、FBページ単独の話題もお届けしようと思いますので、
どうぞお立ち寄りください。

Facebookのアカウントがなくてもご覧になれますが、
お持ちでしたら、そちらでコメントされたり、いいね、を
入れていただくのも嬉しいです。

また、Google+ でも時折投稿しています。こちらもコメント歓迎です。
(メガネのツザキで検索)

ゆくゆくは本ブログもGoogle+と融合していくことになると思いますが、
今しばらくはoptsuzakiとして、様子を見させてもらってます。







2012-10-01

Stop Look Listen

加工をしようとして、ふと目を上げた時、
懐かしいお顔が立ち止まる。

引っ越されたのは知らなかったが、
もっと幸せなお話がうかがえた。

人と人のつながりは、時に移ろっていくもの    

でもなぜか、立ち止まったり、聞き入ったり。