笠岡市 めがねと補聴器専門店・ツザキが お店の日常と 小さなまちでの活動などを綴ります

2013-01-22

Altered States 1994/95

Altered States 1994/95
  
ジャズ大衆舎の家主であるところの、optsuzakiさんによれば、来る2月3日(日)の ライヴについての問い合わせが、全く無い!とのことである。これはまずい、何とか しなければ。


 これを読んでいるみなさん、ぜひライヴに来て下さいよ。なんたって福山より西ではやらないんだから。広島には悠治さんのファンが大勢いらっしゃるのを私は知っていますよ。内橋さんの演奏も久しぶりに聴いてみたいでしょう。倉敷・岡山のみなさん、フリージャズマニア大勢いらっしゃいましたよね。福岡のみなさん、当日は日曜日、最終の新幹線で帰れば、仕事も問題なし。



 1994年から1995年にかけて、内橋和久の演奏をよく聴いた。
内橋がリーダーのアルタード・ステイツも、94年6月に神戸で大友良英をゲストを 迎えたライヴに接することができたし、9月には福山で故豊田一樹さんのRプランニングが招いてくれたライヴを聴いた。このときはネッド・ローゼンバーグ(as,bcl)がゲストに入っていた。しかし、なんと言っても印象深かったのは、95年3月に岡山、福山、広島のツアーを組み、彼らに帯同したことだった。



 1995年と言えば阪神淡路大震災の年である。当時関西を拠点としていた彼らにとって、生活面でも仕事の面でもそのダメージは想像に余りあるが、しかし、その音楽の充実感とはちきれんばかりのエネルギーの奔流は、凄まじいものがあった。

  内橋和久(g)、ナスノミツル(b)、芳垣安弘(ds)からなるアルタード・ステイツには、それまで私が愛していた音楽(中心はジャズ/即興音楽)にはない新しさがあっ た。

それは、まず、テーマ→ソロ回し→テーマという、これは守旧派ジャズからフ リージャズに至るまで守られていた「慣習」を完全にやめてしまったということである。常時集団演奏で、3人は互いの音を聴き合い、探り合い、時に一致し突っ走る。 それは、息もつかせぬ緊張の連続であった。その表現語彙は、ジャズよりもロック的であり、複雑なようにみえて突き抜けたある明快さがあった。そしてこの上なくダンサブルであり、イスに座り続けて聴くのが苦痛なくらいであった。

また、コンポジション(あらかじめ作曲された部分)とインプロヴィゼーション(即興)の関係がこの上なく緊密で、初めて聴くとどこまでがコンポジションでどこからがインプロヴィゼーションなのか、判じ難いほどだった。しかも、コンポジションの使い方が実に巧みだった。演奏の始まりに彼らは最初からコンポジションを用いなかった。インプロヴィゼーションが一つの方向性に収斂され、それを急速に違う方向に変えていくモチーフに、よくコンポジションを用いた。とくに、ゲストの入らないトリオに見せる変幻自在の表情は素晴らしかった。

 守旧派ジャズにしろ、進歩的なジャズにしろ、単独で演奏しようと複数で演奏しようと単位はあくまでも個であった。表現は個人技が基本であった。アルタード・ステイツは、しかし、それぞれが個でありかつ一つのバンドであった。

3日間のベストは、福山での前半と広島での後半だった。いずれもが渾身の演奏だった。一切の手抜きは無かった。

彼らに帯同し、一緒に語り、飯を食っていると、なんだか自分もアルタード・ステイツのメンバーであるかのような錯覚さえおぼえた。演奏者とそれほどの一体感を覚えたのはこの時以外にはなかった。

(全文・主宰 / スクラップ,改行編集・optsuzaki)