2013-06-30

minolta SR-1

ミノルタニューSR-1(1965年5月26日発売)

たった今ですが、Minolta SR-1を頂いてしまいました。
(今日はミカン箱ではありませんが・笑) 

積年の土埃のようなものに埋もれるような感じで
持ち込まれたのですが、意外なほど状態は良く、
釣りの話に花が咲いている間に、だいたい掃除してみました。

すっきりきれいになりましたが、モルト交換程度で
実写までもっていけますかどうか...。

2013-06-29

トビハゼが河口に


先日のお休み、ニッポー印刷さんに行く前に
開いた時間ができたので、散歩をしている時に
河口で見かけた「トビハゼ」がいるかな、と見に行きました。

潮の加減が違ったので、川底はとっぷり水の底でしたが、
よくよく見ると壁に張り付くトビハゼが三匹。

で、なんとか写して帰ろうとしたとたんに、一匹が石垣を
登り始め、ピントを合せようとしたら、さらにもう一匹が
追っかけて上がってきました。

繁殖とは、なんというサービス精神な(笑)

写真ではサイズがわかりにくいのですが、手前のもので
体長7センチぐらいだと思います。

結構カンカン照りなのに、まあ大胆なものですね~。

2013-06-28

once upon a time

また梅雨空が帰ってきました。

濡れながら帰っていく、学生やお勤めさん...。

おや、よ・先生じゃないですか、お久しぶりです。
お元気な様子で、何よりです。

美味しいご飯、作ってくださいね。


なぜか今日のBGMは、
ONCE UPON A TIME / SIMPLE MINDS。




2013-06-27

ニッポー印刷さんを訪ねる

校正に入る前の最終的な打ち合わせに、
部長さんと一緒に、印刷会社さんを直接訪ねました。

今年の印刷会社さんは、里庄駅北隣のニッポー印刷さんです。

僕が店に戻る前からのお付き合いがありますが、
簡単なものは自分で作っていたので、正直最近は
なかなかお仕事をお願いすることが減っていました。

しかし、やっぱりさすがに生え抜きのプロ、でした。

社長さんの事業にかける熱意、社員さんが動きやすい
環境づくり、顧客のアクセスの容易さ、全てに渡り
今回あらためて確かな手応えを感じています。

これで、もう一度「はばたき」は、はばたきますよ。








2013-06-26

視点の違いデスよ




こんなパンフレットをアップして、電力問題にコミットするつもりかとか
思われますか。 (ノ´∀`*)イエイエ

大崎発電所の写真を見て、「島の大きさの割に発電所が
大きいなぁ」とか、そういう感想の方が、まあ多いと思うんですよね。

ところが、ある方にかかるとですね、写真の下から文字2個分の
ところにある、海の中の白い点に関心がいくんですよ。

... ありましたか?

それが釣りイカダなんだそうです。よく釣れるんだそうで...。
いゃぁ、あっぱれです。

2013-06-25

無風状態 矢野顕子

2014/08/15 revisited

Youtubeの動画が削除されてます。

「グラノーラ」が、リマスターで再発されましたね。ピアノアルバムをのぞけば、最も息長く聴いているアルバムです。三谷泰弘さんから、Kurzweil K-2000を譲っていただいたのですが、「わたしたち」のコーラス・アレンジのお話をできたことも、嬉しく懐かしい思い出です。



2013-06-24

だるまの目



明日は、入稿日。

やぁやぁ、なんとか、追いつきましたよ。

今日テキストも大半を仕上げたのですが、どうしても日程的に
あとから挟まないといけないのが、あります。

ということで、目が入るのは、校了日の7/9、かな...。

2013-06-23

残念な話をそっと


期末試験の勉強をしている娘が、ふと。

そんなガッカリしなさんな、ありがとよ。

2013-06-22

第30回「土ひねりの会」でした



いよいよ第30回を迎えた今回も、多くの参加者があり、
土に向かいあいながら個性あふれる作品作りを楽しみました。  

初めて参加した皆さんからは、土の硬さや重さに驚きの声が上がります。
そんな趣向をこらした作品たちに、先生は焼き物としての仕上げを次々と
加えて下さいました。  

時間いっぱいまで、思いを込め絵を入れたり、記念に手形を押し付けたりと
子どもたちも真剣です。

晩秋の焼き上がりが楽しみですね。


2013-06-21

なく



アマガエルがなく声が 遠く 近く もっと近く  

そして重なりあうように


ふと 一斉に なきやむのは  



2013-06-20

Under Grey Skies

つい雨が欲しいものだから、学校がお休みになるくらい降っているのに
警報が出ていることを危ないと感じないのですから、呑気なものですよ。

井戸水は濁りましたが、山から流れ出る水の色は、きれいなままです。

深々と寝て、明日からまた頑張りましょか。

雨上がりの倉敷チボリ公園で


部員の皆さん、今日はありがとうね。

2013-06-19

ゴール間近で


エネ切れっす、ねましゅ。

2013-06-18

先生方の撮影が終わりました

お店の美人もやっと笑顔を

お昼前に先生方の撮影が、全員終わりました。

人物の撮影は改めて難しいものだと思います。

その方らしさを引き出すと、その方が気に入るかどうかは
わからない。

でも、撮らせていただくわけです。

2013-06-17

テレマン『パリ四重奏曲』を聴きながら


テレマン『パリ四重奏曲』を聴きながら

 テレマン(16811767)は、バッハやヘンデルと並んで、ドイツの後期バロックを代表する音楽家とされている。バッハもヘンデルも多作であったが、テレマンはそれらをさらに凌ぎ、生涯に4000曲をものしている…、という。しかしながら、バッハやヘンデルならこの曲だと頭に浮かび口ずさむことの出来るものが少なからずあろうが、さて、テレマンにあっては、思い浮かぶ曲が…ない!?これはテレマン先生に失礼な話ではないか。せっかく演奏会を催すのだから、これを機会にテレマンをもっともっと聴くことにしたい。


 手元に『パリ四重奏曲』のいいCDがある。前田りり子の師である有田正広がフルートを吹き、チェンバロはクリストフ・ルセ、それに、ヴァイオリンの寺神戸亮とヴィオラ・ダ・ガンバの上村かおりは、私たちの催す演奏会で弾いてくれるその人である。(DENON Alaireのシリーズの中の一枚なので手に入りやすい。)ここで聴ける音楽は、典雅で格調高いのはもちろんだが、なによりも活力に溢れ、音楽がひとりでにステップを踏んでいるような愉しさに充ちている。バッハでいうと、『ブランデンブルク協奏曲』あたりを連想させる。随所で各人の名人芸が遺憾なく発揮され、演奏会では、聴く者も演奏する者もこのうえない歓びを共有することになる違いない。

 CDを聴いていると、ブラヴェやフォルクレ(子)らフランス宮廷の名楽士たちに招かれたテレマンが、パリやヴェルサイユの宮殿で、彼らとともに大得意でこれら珠玉の名品を披露している姿が想像される。そこには、フランス宮廷的なギャラントや、仲間内にしか通じないような、音楽の隠語も散りばめられているのだろう。

 テレマンは、ハンブルクで五つの教会の音楽監督を任されていたという。ならば、受難曲やカンタータなどには、『パリ四重奏曲』の明朗さとは違う音楽を聴くことが出来るのだろうか。興味は広がっていく。

 ところで、演奏会を予定している714日(日)は、奇しくもフランス革命の勃発した日にあたる、つまり革命記念日である。何という皮肉な偶然なのだろう。この革命を契機として、音楽の担い手は宮廷から市民階級に移っていった。フランスに遺された、テレマンの名品たちも、この革命によって葬り去られたのだろうか。こんにち音楽を愛する私たちも、精神史的にいうと、革命で勢力を得た市民階級の末裔の末裔の、そのまた末裔くらいにあたるのだろうか。そんなことにちらりと思いを馳せながら、名人たちの妙技に酔うのも悪くないだろう。

ロココの愉悦/テレマン「パリ四重奏曲」




(全文・主宰 写真,改行・石原健)

2013-06-16

百縁笑店街が終わって

サングラス追加分といただきものの饗宴:)

タイトルを見て、勘違いしてドキッとした方は、どなたですか。
ご心配なく、まだまだ止めてたまりますか。

天気にも恵まれ、他の行事ともかぶりにくかった今回の百縁笑店街、
かなりの人出と物流があったように思います。

タイラバも早々に完売(やられましたわ;) 、サングラスも需要期のまっただ中、
予定数を大きく上回り終了しました。

どうして需要期にそうまでしてやるか、ということはお客さんが一番理解して
くださるので、楽しく続けることができます。


2013-06-15

明日・16日は百縁笑店街です

土曜夜市を済ませて帰って来ました。

今年は独自にはイベントをしていませんが、せめて開いてないとね。
バックグラウンドで、あれこれの準備です。

あしたは、きっかり9時より、開けますよ~、お楽しみに。

2013-06-14

『テロ!ペルー派遣農業技術者殺害事件』(寺神戸曠著)を読んで / ジャズ大衆舎 on web #17





『テロ!ペルー派遣農業技術者殺害事件』(寺神戸曠著)を読んで

 注文していた本が届いたので、早速読んでみた。

 題名とともに、「プロローグ」に描写された日本人農業技術者の「処刑」シーンを読むと、ミステリー小説のような肌触りがある。が、そうではない。

 1991年に、著者の後任としてペルーに渡った人を含む、「ペルー野菜生産技術センター計画」の日本人農業技術者3人が、ペルー人カウンターパート(協力相手国側の人材)とともに、「センデロ・ルミノソ」という反政府テロ組織によって惨殺された。その背景を、ペルーの歴史、民族、地理、経済、農業と流通の実情、そして当時の国状等から、精細にあぶり出し、そういった事情をほとんど鑑みることなく彼らを送り出した日本政府の責任を追及した、義憤の書なのだ。

 正直なところ、そのような事件があったことを、私は忘れていた。(否、恥ずかしながら知らなかったと言うべきか。)もっとも、フジモリ大統領政権下の1996年におこった「トゥパク・アマル」という反政府組織による在ペルー日本大使公邸占拠事件のことは鮮明に覚えている。「トゥパク・アマル」と「センデロ・ルミノソ」とは直接関係がないようだし、その後、在任期における権力濫用や殺人容疑によってペルー政府から責任を追及された、フジモリ元大統領の功罪について筆者は言及を避けているように思える。しかしながら、2つの事件の背景には、ペルーでのし上げていた経済大国日本を快く思わない、ペルー人の国民感情が背景に濃厚にあることは、間違いないことのように思える。

 筆者は、批判と責任の鉾先を、直接テロに及んだ反政府組織やペルー政府に向けるのではなく、あくまでも、技術者を送り出した日本政府に求める。それが筆者の立ち位置なのである。外務官僚や関連機関には耳の痛い批判であるし、国際貢献・国際協力とは何かを考える上で重要な示唆となるだろう。

 しかし、1991年におこった事件を22年経った、いま書くのはなぜだろうか。この長きにわたって書けなかった事情が、筆者の前に横たわっていたのだろう。それは想像できなくもない。だが、むしろ勇を鼓して、後輩たちの無念の死に報いようとした、筆者の情念をこそ汲み取るべきだろう。

 ところで、筆者の息子、ヴァイオリニスト寺神戸亮氏は、名前さえもまったく登場しなかった。


(全文・主宰 写真,改行・石原健)
 

2013-06-13

KB2839229 で異常終了


昨日、2個の更新プログラムをインストールして終了したXP機が
今朝になって次々と起動早々にエラーして終了するようになりました。

その時点では、方法を考えられなかったのですが、Safeモードで起動
(F8ボタン押し続け)、コントロールパネルから、プログラムの削除へ
行き、「WindowsXPセキュリティ更新KB2839229」を削除すると、
問題なく起動するようになりました。

当方の複数あるPCでもなるものとならないものがあるのですが、
Kingsoft Internet Securityをインストールしていないものでは
症状がないのでちょっと調べ直すと、あ、ありました。

KB2839229をアップデートして再起動するとブルーバック画面になり、再起動が繰り返される。

Kingsoft Internet SecurityのVer.が旧いと、コンフリクトするんですね。

暑い日でしたが、あっさり解決できてよかったです。

2013-06-12

ザラザラからツルツルへ


ガリガリと工事の音が昼過ぎに響いてましたが、なにかと思えば
ベンチの木の部分を取り替える作業でした。

一本ずつ木琴のように付け直して、すっかりきれいになりました。

土曜夜市も先週から始まっていたのですが、まえのザラザラでは
ムードも悪い。実際、食べ残しやワンカップが無造作に捨てられていました。

20年で一回、というペースでしたが、リニューアルされて
よかったよかった。


2013-06-11

Light in Darkness

少し疲れたので、今日のはばたきの編集はお休みデス。

先日、まちづくり協議会に出席した時、休憩時間に、恩師のま・先生と
お話しました。

ま・先生は中学時代の社会の先生で、写真クラブの顧問でもあり、
とある理由で、僕をそっと支えてくださった方でもあります。

写真に関しては、何と言っても暗室技術の基本を教えてくださった
のが先生で、今、RAWの現像作業がなんとなく理解できるのも、
この時期に指導をいただいた賜物だと感謝しています。

とある理由、というのは、まあ、心配をかけた、ということで
勘弁してくださいね・笑。


「地区で回ってきたら、いつも隅から隅まで読んでます。」 と
静かにお話されて、胸が熱くなりました。

あれから35年くらい経つわけですが、起伏のある日々を抜けて、
再び教え子のチャレンジを見守ってくださっている、なんとも
面映いことです。




2013-06-10

『ボリビア移民の真実』(寺神戸曠著) / ジャズ大衆舎 on web #16



 来たる7月14日の『ロココの愉悦』で演奏していただくことになっているヴァイオリンの寺神戸亮さんのウェブサイトを開くと、「寺神戸亮はなぜボリビア生まれ?」と興味を惹く疑問句とともに、亮さんの父寺神戸曠(ひさし)氏の著作『ボリビア移民の真実』(芙蓉書房出版2009)が紹介してある。

 ヨーロッパ文化の深奥を体現する音楽家と南米のボリビアとがいったい何の関係があるのか。チェ=ゲバラの終焉の地、ペルーとならぶフォルクローレの国、私にとって興味はあるが漠然としたイメージしかもっていないこの国は、はたしてどんなところなのか。そんなことをとっかかりにして、この本を読むことにした。

 ところが、読み進めていくうちに、この本は私が関心をもっていることとはほとんど触れあわないのに気づいた。ゲバラもフォルクローレも出て来なければ、音楽のこともほとんど出て来ない。(『椿姫』をラジオで聴いて和むシーンがあるにはあったが…)彼の地で生まれた息子亮氏は、「終章 わが心のサンフアン」ではじめて登場し、慈愛をもって語られるのだが、私たちの関心事である後の偉大な音楽家としての面影は、その片鱗も示されない。

 それでは何が書かれているのか。

 それは、農業技術者として派遣された著者の、多くの貧しい農民にとんでもない欺瞞を働いて棄民同然に移住を奨励してきた日本という国家への告発であり、長々と続く雨季や自然との闘いであり、軌道に乗らない農業経営への絶望であり、彼の地に適合した作物の模索であり、厳しい現状に何ら積極的な援助の姿勢を示さない日本の政治家や官僚への手厳しい批判であったりする。「終章 わが心のサンフアン」にいたって、家族への愛やそれでも世話になったボリビアでの人々への感謝を描き、ようやくその筆致はいくばくか叙情性を帯びるが、それまでは、研究者らしいまったく硬質な文体である。筆者を突き動かしているものは、冷厳とした怒りそのものだ。だから、決して読むのに快いものではなく、学術的な論述にいささか戸惑いを感じながら、その怒りや苦しみを共有することを読者に迫ってくる。

 先に触れた私の個人的な興味は措くとして、ボリビア人が日本人との対立という形で触れられているばかりで、素顔の姿が描かれていないこと、ボリビアの民俗や文化にあまり触れられていないことがやや残念だ。

 しかしながら、権力への告発とそれでもボリビアの地を愛さずにはおれない心情は、深い感銘を残す。

 さて、冒頭の疑問に立ち返ってみると、父曠氏と息子亮氏とは、まったく違う場所で一家をなした人たちなのだ。そのまったくの関係のなさが、天晴れと言うほかない。

 曠氏は著作第二弾として『テロ!ペルー派遣農業技術者殺人事件』(東京図書出版)を上梓しているようだ。権力に対する怒りの炎は、一冊では治まらないということか。続けて読んでみたいと考えている。

(全文・主宰 写真,改行・石原健)

2013-06-09

笠岡地区まちづくり協議会通常総会 2003


お昼まで、笠岡地区まちづくり協議会の通常総会でした。

進行役の欠席というハプニングも、なんでも来いの会長と総務部長が
乗り切りました。こういうのは、本当に敬服します。

昨日あいさつしたばかりだったので、事業報告も読み上げだけでなく、
少し自分の言葉も交えながらできました。...ふぅ。

なんの台本も持たず、会場の隅まで視線をやりながら話されているのは
第二部の今日の講師、安芸高田市川根振興協議会・会長 辻駒健二さんです。

そう思っているでしょう、というところを確実に突いてこられます。

いかに笠岡地区が恵まれているかを説かれると、さすがにアゲアシを
とるような意地悪な質問は、出ようがないですね。

2013-06-08

人権教育講習会


朝から参観日だったのですが、そちらはチョット時間がなく、
それに続く人権教育講習会だけ、参加しました。

こちらも、土曜日の行事なので、いままでちゃんと参加できて
いないのですが、今回はP会長の代わりにあいさつ役として、
出席しました。

講師は市場恵子先生。小柄で若々しい方です。

微妙な問題に日々取り組まれているにもかかわらず、
けっして気負った強さではない、しなやかな語り口のなかに、
想いを伝える姿勢に、会場は自然な感動に包まれました。

講習会の前後にも短いお話できる場をいただけたのですが、
ついいろいろ伺いたくなって、はやる気持ちを抑えながら
お見送りしました。

2013-06-07

折り返し地点

空梅雨もあり、朝の散歩は順調に続いています。

正直、いろいろ行事や用事が多いと、一倍気分転換や
運動が必要だと感じますね。

軽いやり取りもあわせてできる平日の朝は、
いろいろな方に会える、貴重な時間です。

欲張って遠くまで足をのばしそうになりますが、
どこで折り返すかが、とても大事です。

疲れが蓄積しない歩行距離をキープできるかどうかが、
きっと続くコツなのでしょう...。

2013-06-06

先生方の撮影とミーティング

撮影の横でウサギと遊びまくる子どもたち

先生方の写真を撮りにお昼から伺いました。この時期は毎年のことですが
「毎日見かけますね」と言われます(笑)。

昨年は 異動された先生が少なかったので、撮影はわずかでしたが、
今年は写真の“更新”の年なので、ひとまず全員に笑顔で収まって
いただこう、ということで。

今日は約半数の撮影が完了、来週にはバッチリ全員でまいりましょう。

引き続き、できる人だけで文化広報部のミーティングをしました。
部会、というより、意思の疎通とアイディア交換の場でざっくばらんに
話していただく場がいるので、毎週木曜の昼からをPTAルームで
ミーティングをしています。

今日の集いは、楽しくて良かった。やっぱりこうでなくちゃね、に・部長。

2013-06-05

プール開きを取材に行きました


初めてですが、プール開きの取材に行きました。

昨年も書いたのですが、取り扱いに難しさがある被写体なので、
記事として取り組む余裕がなくて、とうとう今回まで持ち越してしまいました。

配慮しながら載せるには自分で撮るしかない、というのが最終結論です。

勢いのある題材の何を切り出すか、アングルのプランを立てました。
その上で、2年と4年の組み合わせを選び、高学年を避けました。
 (やはり微妙な年頃の水着は、ちょっと無理でしょう。)

けじめとして、撮影データを学校にノーカットで即日提出。
これで、スッキリです。


安全確保と連帯をとても厳しく指導されている様子は、
授業の一環とはいえ、身が引き締まる思いでした。


2013-06-04

素材作りがだいじ


はばたきの編集に必要な素材を集めています。

だいたい足りないのは、ワンポイントのイラストです。
早めに頼もうと思ったら、なんと即日書き上げてくださいました。
(ことばにできない感謝)

探すのに手間をかけるくらいなら、頼んで書いてもらうほうが、
ずっと的確です。それに、なにより心がこもる...。

レイアウト作業が簡単になったからといって、楽に流れないよう、
1つずつ吟味を続けていきます。

2013-06-03

今週から土曜夜市 2013


今週8日~7月13日の毎土曜日、夕刻、
笠岡商店街一帯で
毎年恒例の土曜夜市、開催です。

2013-06-02

プログラムに寄せて ~ 前田りり子


 テレマンは非常に多作家で総作品数は4000曲を超えるといわれています。室内楽曲だけでも200以上残していますが、その中でも名曲中の名曲といわれているのが パリ四重奏曲です。

 生涯を通じてあまり大きな旅行をしなかったテレマンですが、一度だけ八ヶ月に及ぶパリ旅行を行っています。1730年にハンブルグで出版した四重奏曲がヨーロッパ中で高い評価を得て、それを気に入ったパリの演奏家たちの招きによってテレマンはパリを訪れます。そして彼を招いてくれた当時最高の演奏家たち、フルートのブラヴェ、ヴァイオリンのギニョン、ガンバのフォルクレ(息子)らに演奏してもらうために書かれたのがパリ四重奏曲です。1738年にはパリでさっそく印刷され、その楽譜をJ.S.バッハも購入しています。

 今も昔も人は様々ですが、18世紀の音楽家たちにもいろんなタイプがいました。J.S.バッハは神との対話のため、神の国を地上に再現するために音楽を作りました。ヘンデルはなんといっても当時人気髄一のオペラ作曲家、現代でいうならヒット・ソングメーカーというところでしょうか。啓蒙主義者だったテレマンは、音楽を誰でもが楽しめるものにするために、まずは分かりやすい音楽を描くことをモットーとしていました。

 テレマンの音楽にはいつも、まるで親しい人と会話をしている時のような心地よい時間が流れています。またアマチュアが苦労をせずに楽しめる室内楽曲の出版にも力を入れています。そのため現代人から見ると時に単純すぎると感じることもあるのですが、花のパリを代表する方々のために書いた力作、パリ四重奏曲は他の曲とはちょっと違っています。演奏者の技術を考慮することなく、持てる最高のアイデアを惜しみなくちりばめた曲、それがパリ四重奏曲です。

 共演して下さるのはヴァイオリンの寺神戸亮さん、ヴィオラ・ダ・ガンバの上村かおりさん、チェンバロの上尾直毅さんとみなさんいずれもよく御存じの名手の方々です。一昨年前に東京で今回と同じメンバーでパリ四重奏曲集全曲演奏会をいたしましたが、パリ風の繊細で優雅な音の遊びに、演奏者も観客も一緒になって酔いしれながら大好評のうちに公演を終えました。演奏者自身、あまりにその時の演奏が楽しかったので、ぜひもう一度したいよねと盛り上がり今回の企画が立ち上がりました。

 今回の公演ではパリ四重奏曲だけではなく、その出版のきっかけとなったハンブルグ四重奏曲、そして個々の楽器の良さを思う存分堪能できる無伴奏ファンタジーも加えた盛りだくさんプログラムになっています。テレマンならではの軽妙で和やかな時間を皆様と一緒に楽しめたら嬉しいです。


前田りり子




(全文・前田りり子 写真,改行・石原健)

2013-06-01

石塚牧師最後の礼拝



 526()、この日は、31年間福山延広教会で牧師を務めてこられた、石塚一(いしづかはじめ)先生が退任される、その最後の礼拝の日であった。石塚牧師と延広教会のみなさんには古楽の演奏会に快く礼拝堂を貸してくださったり、さまざまな場面でお世話になってきた。東京から武久源造さんも石塚先生の最後の礼拝に奏楽したいと駆けつけた。そういうわけで、私もこの記念すべき礼拝に与ることにした。


 会場につくと、礼拝の前奏として高らかにオルガンの音がこだましていた。バッハのBWV552-1の「プレリュード」だ。この日は教会暦で三位一体節にあたる。それに相応しい選曲であり、堂々たる演奏だ。(この曲に関する武久源造の神学的解釈は、『オルガンの銘器を訪ねてVol.4ALCD1094に詳しい。)

 礼拝の始まりに、リヒャルト・シュトラウスの『ツァラトゥストラはこう語った』の冒頭が、武久源造さんのオルガンで演奏された。石塚牧師のリクェストらしい。讃美歌では、教会の仲谷沙弥香さんがオルガンを、武久源造さんがチェンバロを弾き、その素晴らしい響きに思わず聴き惚れた。

 福音書の朗読では、本来三位一体主日に読まれる箇所をあえてやめにして、石塚牧師の「講話」に関係する箇所として、マタイ15;21-28「カナンの女の信仰」が選ばれ朗読された。

さて、その「講話」は、「聖書をどう読むか」と題され、聖書に書かれたことを教条的に受けとめたり、そのまま鵜呑みにするのではなく、聖書を批判的に読むための態度を指南された。この日の朗読箇所は、マタイ福音書の特徴として挙げられるユダヤ人中心主義が明瞭に示された一つのサンプルであり、「イエスは、『わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない』とお答えになった」の箇所は、イエス自身が語ったものではなく、マタイ福音書の著者の付加であると推測される、と語られた。

 そして、「真理は人を自由にする」という言葉を最後のメッセージとして、石塚牧師は説教台から降りられた。蓋し、これこそ石塚牧師の貫かれた態度であったに違いない。最後まで寸分のブレもなく職務を遂行する姿は、実に堂々として見えた。

 礼拝の後奏では、武久源造さんが「プレリュード」に続く「フーガ」(BWV552-2)を演奏し、石塚牧師引退の花道を飾った。演奏会とはまた異なった感動的な場面に立ち会えたことを歓びとしたい。

(全文・主宰 写真,改行・石原健)